↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪辣非道お嬢様配信 ~わたくし、お嬢様道を実践しているだけですの~  作者: 白い鴉


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
101/171

第101話閑話 半歩、戻ってきた

☆ 紫堂万里花視点 ☆


 事務所の会議室は、いつ来ても空調が強すぎる。


 長机の向こうに、部長。私の隣に、マネージャーの小野寺さん。机の真ん中に置かれたタブレットには、先月の数字が並んでいた。登録者数、平均同接、質問箱の件数。

 どれも、少しずつ右肩上がりだった。五年間、ずっとそうだった。なだらかで、崩れなくて、ほとんど平らな坂。

 少しずつ、ではない線が、一本だけあった。


「ここ」


 部長が、ペンの先で、その線を叩いた。


「この一週間で、急に跳ねてる。紫堂さんの配信の、新規の流入元。半分以上が、同じところから来てる」

「……はい」

「分かってるよね」


 分かっている。

 問屋さんは、お店のことですわ。あの夜から、コメント欄に、見覚えのない名前が増えた。日傘のアイコン。縦ロールのアイコン。「お嬢の師匠と聞いて」。


「あの子、あなたの名前、一回も出さないのよー」


 小野寺さんが、横から身を乗り出した。


「『尊敬するお方』って言うだけ。『あの方のご迷惑になりますもの』って。偉いわよねえ。……まあ、もうみんな知ってるんだけど」


 知っている。

 次の朝の配信で、あの子がそう言ったところまで、私は見ていた。コメント欄が、目が赤いと騒いでいた。アバターの目は赤くならない、と誰かが返していた。


 そこまで考えて、やめた。

 中の人のことは、考えないことにしている。


   *


「で、本題。これ」


 部長が、タブレットの画面を切り替えた。

 切り抜きだった。サムネイルの文字が、太い。


 ――【お嬢】師匠の名言で、借金の勧誘会をお開きにした件


「……見ていいんですか、会議中に」

「見てもらうために呼んだの」


 古い芝居小屋だった。

 燭台が二本。座布団の客席。いちばん前の真ん中に、金髪の縦ロールが、ひとりで座っている。舞台の上で、裾の長すぎる上着の男の子が、両手を広げていた。


『よろしくて? 欲しいものほど、自ら追いかけてはいけませんわ』


 私の言葉だった。

 今度は、あの子の口からではなかった。


『人を動かしてこそ、お嬢様、ですわ。……お知り合いを、お連れなさいまし。一人お連れくだされば、紹介料』


 紅茶が欲しくなった。会議室には、紙コップの水しかなかった。


『贈られたお言葉は、受け取った方のものですわ。……契約のお言葉も、同じこと。お読みになったあなたのもの』


 喉の奥で、変な音がした。

 小野寺さんが、そっと私の背中に手を置いた。


 画面の中で、縦ロールの子が、立ち上がった。


『わたくし、尊敬するお方から、もうひとつ、お言葉を賜っておりますの。……教えというのは、半歩ずれて受け取れば、反対側へ歩いていくものですわ』


 画面の右側を、コメントが、滝みたいに流れ落ちた。


 ――お前のことだよっ!

 ――お前のことだよっ!!

 ――お前のことだよ


「……私も、そう思う」


 口から出ていた。

 部長が、初めて少しだけ笑った。


『あの方のお言葉は、恋のお話でしたのよ。お金のお話では、ございませんの』


 手のひらで、口を押さえた。


 分かってたんだ。

 あの子は、最初から、分かっていた。恋の話だと分かっていて、それでも自分の場面に持っていって、自分で考えて、使っていた。


   *


 そこから先は、変な映像だった。


 縦ロールの子は、日傘を開いて、舞台に背を向けた。それきり何もしなかった。何かを数えているらしい、とコメントで分かった。三十秒。舞台の男の子が、真っ青な顔で客席に叫んでいる。署名に、三十秒もかかりませんわ。

 客席の人たちが、何もない宙に、指を伸ばしていた。


 いちばん後ろの人が、宙の何かを、指で払った。

 またひとり。その隣も。


 誰も、何も言っていなかった。座布団の上で、それぞれが、自分の指で、自分の画面を閉じていった。最後に、擦り切れた外套の男の人が、長いこと宙を見つめて、指を止めていた。

 止めて、考えて、閉じた。


 立ち止まって、自分で考えて。


 前に、自分の配信で言った言葉だった。あの子に言ったつもりの言葉だった。

 それが、知らない誰かの指の上で、ちゃんと着地していた。


 ――画面が、白くなった。


 二度目でも、肩が跳ねた。

 煙が晴れると、舞台がなかった。屋根も、半分なかった。穴の向こうに、夜空と、遠くの提灯が見えた。


「……撃つんだ」


 さっきまでの気持ちが、半分くらい、どこかへ行った。


「撃つのよー」


 小野寺さんが、なぜか誇らしげに頷いた。


「お客さんは全員無事。舞台の二人だけ。ゲームだから、すぐ生き返るし、小屋もそのうち元に戻るんだって。……私、最近ちょっと詳しいのよ」

「詳しくならなくていいです」


 切り抜きは、翌朝の雑貨屋の、短い場面で終わっていた。縄を買っていく、擦り切れた外套の背中。その上に、コメントが何行か、焼きつけてあった。


 ――この切り抜き、マリカ様に届くぞ

 ――届けるな

 ――いや、今回のは届いていいやつだろ


「……届いてるよ」


 小さく言った。誰にも聞こえない声で言ったつもりだったのに、小野寺さんが、また背中に手を置いた。


   *


 部長が、タブレットを引き寄せて、画面を消した。


「再生数、見た?」

「……見てないです」

「見なくていい。とにかく、すごい。で、コメントの上の方。『マリカ様の弟子、戦闘の中で名言を使いこなしてる』『師匠の教え、戦闘向きでは』」


「……あの、弟子じゃないです」


 そこだけは、言っておきたかった。


「直接、何か教えたことは一度もないです。私が配信で、誰かのお便りに答えた言葉を、あの子が勝手に覚えてて、勝手に……実践? してるだけで」

「いいのよー、弟子で」


 小野寺さんが、にこにこと手を振った。


「みんな、もう弟子って呼んでるんだから。切り抜きのタイトルも『師匠の名言で』だし。ね、部長」

「うん。弟子で」

「……弟子で、って」


 弟子ってことにしておかないと困る話が、このあと来る。

 なんとなく、分かった。


 部長は、ペンを置いて、両手の指を組んだ。


「紫堂さん。五年、お便りの配信をやってきて、数字は堅い。それは本当に、ありがたいと思ってる」

「……ありがとうございます」

「ただ、ずっと横ばいなのも、本当なんだ」


 空調の音が、急に大きくなった。


「弟子が、バトル系で活躍してる。紫堂さんの教えで、戦ってる。だったら――紫堂さんの教えは、バトルに活きる教えってことだよね」


 部長は、私の顔を見た。

 冗談を言っている顔では、なかった。


「紫堂さんも、バトル系、できるんじゃない?」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。