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悪辣非道お嬢様配信 ~わたくし、お嬢様道を実践しているだけですの~  作者: 白い鴉


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100/171

第100話縁の会は、お開きですわ

 立ち上がると、小屋の中が、しんとした。


 背後で重なっていた衣擦れの音が、ぴたりと止んだ。壇上の方は、両手を広げたまま、わたくしを見下ろしていた。燭台の火だけが、二本、細く揺れていた。


「お話の途中で、失礼いたしますわ」


 わたくしは、日傘を閉じたまま、軽く膝を折った。


「わたくし、尊敬するお方から、もうひとつ、お言葉を賜っておりますの。……教えというのは、半歩ずれて受け取れば、反対側へ歩いていくものですわ」


【コメント】あ

【コメント】それ

【コメント】マリカ様の一本目

【コメント】お前のことだよっ!

【コメント】お前のことだよっ!!

【コメント】お前のことだよ

【コメント】全員同じこと言ってて草

【コメント】いや、今回は勧誘役のことでもある

【コメント】両方だよ


「あの方のお言葉は、恋のお話でしたのよ。お金のお話では、ございませんの」


【コメント】正論

【コメント】お嬢の口から正論が

【コメント】倉庫の話にしてた人が言う?

【コメント】今それ言う?

【コメント】言っていいんだよ、今は


 壇上の方の口が、二度、開いて閉じた。


「ど、どなたでも、お越しいただける会、と……」

「ええ。ですから、こうして伺いましたの」


 わたくしは、日傘を、ゆっくりと開いた。


「スタロ様は、いらっしゃいませんものね。三十秒、お待ちいたしますわ」


 そう申し上げて、わたくしは、舞台に背を向けた。客席の皆様の方へ、向き直る。


   *


 背後で、壇上の方の声が裏返った。


「み、皆様! お急ぎくださいまし! 署名に、三十秒もかかりませんわ!」


【コメント】は?

【コメント】三十秒を、署名の締め切りにした

【コメント】砂時計の連中と同じ発想

【コメント】一

【コメント】二

【コメント】あいつら、三十秒で逃げる気だぞ

【コメント】客に押させてから逃げる気だ


「縁は、いま、おつなぎにならなければ、ほどけてしまいますの! この会は、今宵かぎり――」


 舞台の袖から、もうひとりの方が、紙の束を胸に抱えたまま飛び降りてきた。客の一人ひとりの前で、何もない宙を指さして回る。押して、押して、と、口だけが動いていた。


 客席の、いくつもの指が、何もない宙で、揺れていた。


【コメント】八

【コメント】押すな

【コメント】押すなよ

【コメント】でも、三十秒たったら、どうせこの小屋ごと

【コメント】お嬢の手前までは来ないだろ、たぶん

【コメント】たぶんで命かけたくない

【コメント】押したら借金、押さなくても吹っ飛ぶかも

【コメント】十二


 縄の束の方は、画面を見ていなかった。

 膝の上の自分の指を、見ていた。さっき、震えていた指を。


 いちばん後ろの方が、宙の何かを、指で払うようにした。

 それから、ふっと肩の力を抜いた。閉じたのだ、と分かった。


【コメント】閉じた

【コメント】後ろの人、閉じた

【コメント】十五


 それから、もうひとつ。その隣も。

 ひとつ、またひとつ。誰も、何も言わなかった。座布団の上で、それぞれが、宙の何かを払って、膝に手を戻していった。


「み、皆様、そんな、お待ちくださいまし、縁が――」


【コメント】二十

【コメント】次々閉じてる

【コメント】誰も喋ってない

【コメント】二十三


 縄の束の方だけが、最後まで、宙の一点を見つめていた。


 指が、上がった。

 その一点の上を通り過ぎて、少し横の、何もないところに触れた。


 縄の束の方は、膝に手を戻して、長い息を吐いた。


【コメント】閉じた!!

【コメント】雑貨屋の常連さん!

【コメント】自分で閉じた

【コメント】よかった

【コメント】二十七


 背後で、二人分の足音が、舞台の奥の、楽屋への戸口へ駆けだした。


 ――柔らかい手応え。舞台の脇から、見上げる角度。二本の燭台の、揺れる芯。その向こうで、楽屋の戸口へ吸い込まれかけている、裾の長い借り物の上着と、紙の束を抱えた腕。


 三十。


 白。


 振り返ると、舞台が、なかった。


 燭台も、卓も、楽屋の戸口も。板張りの床の、最前列の手前までと、その上の屋根の半分。ぽっかりと開いたところから、歓楽街の夜空が見えた。遠くの提灯の列が、煤けた梁の切り口の向こうで、何事もなかったように揺れていた。

 光の粒が、二つ、昇っていった。


 舞台の脇の壁際で、小屋番の方が、丸椅子に腰かけたまま、芯切りの鋏を構えていた。

 切るはずの芯は、燭台ごと、もうどこにもなかった。


【コメント】

【コメント】舞台だけ

【コメント】客席、無傷

【コメント】最前列、お嬢以外誰も座ってなかったからな

【コメント】みんな座布団ごと下がってたの、正解だった

【コメント】今日、普通にいいことしてない?

【コメント】やり方がな

【コメント】芝居小屋の持ち主に連絡しろって、昼に言ったのに


「縁の会は、お開きですわ。皆様、お足元に、お気をつけてお帰りくださいまし」


 座布団が、いっせいに擦れる音がした。

 皆様、わたくしの方を見ないようにして、木戸の方へ、静かに、けれども急いで、流れていった。


 縄の束の方だけが、立ち上がる前に、一度だけ、屋根の穴を見上げた。

 それから、腰の縄の束を、ぎゅっと握り直して、木戸を出ていった。


【コメント】みんな帰り足が速い

【コメント】お嬢の方、絶対に見ない

【コメント】常連さん、明日も縄買いに来るかな

【コメント】来てほしい

【コメント】名言の使い方、今日のは合ってたよな?

【コメント】合ってた

【コメント】合ってたうえで、撃った

【コメント】そこは合わせなくていいんだよ


   *


 木戸の外に出ると、提灯の灯りが、また途切れていた。


 木戸番の方の姿は、もうなかった。

 代わりに、木戸の脇の空き樽に、ひとり、腰かけている方がいた。


 金色のサイコロが、指先から跳ねて、宙で掴まれた。


「や。お嬢様」


 ダブルクロス様だった。


【コメント】ダブクロ

【コメント】いた

【コメント】ずっとそこにいたのか

【コメント】木戸の外で見物してたのかよ

【コメント】自分は中に入らないんだな


「見てたよ、最高だった! 切り抜き、もう三本上がってる」


 ダブルクロス様は、わたくしの肩越しに、小屋の屋根を見上げた。

 半分なくなった屋根の上に、星がいくつか、出ていた。


「あの二人? 俺のお客さんだったんだよね。お嬢様の真似、けっこう上手かったでしょ。……あーあ。お客さん、減っちゃったなあ」

「ごきげんよう、ダブルクロス様。とても、心に響く会でしたわ」


 わたくしは、軽く膝を折った。


 ダブルクロス様の指先で、サイコロが跳ねて、掴みそこねられた。

 石畳から拾い上げて、肩を揺らして笑う。サイコロが、もう一度、宙に跳ねた。


「いやー」


 掴んだサイコロを、手の中で、ころりと転がす。


「営業妨害だなあ」


【コメント】笑ってる

【コメント】お客さん二人、粒になったのに

【コメント】この人、何があっても笑ってるな

【コメント】笑ってる方が怖いタイプだ


   *


 翌朝の日向雑貨店は、棚が、また少し空いていた。


 小夜さんは、帳場の前で、瓶詰めの飴を木箱に詰めていた。わたくしは、戸口の脇の丸椅子で、それを見ていた。

 戸口の鈴が鳴った。


 擦り切れた外套に、腰に縄の束。

 縄の束の方は、戸口で、わたくしを見て、一歩だけ止まった。それから、わたくしの方を見ないようにして、帳場の前まで歩いていった。


「……いつもの、ください。携帯食と、縄」

「はい。縄、まだ箱に詰めてなくてよかった」


 小夜さんが、棚の奥から、縄の束をひとつ下ろした。

 縄の束の方は、銭を数えて、帳場に置いた。置いてから、少しのあいだ、手を離さなかった。


「……閉じました。画面。自分で」

「うん」


 小夜さんは、銭を受け取って、頷いた。


「よかった」


 縄の束の方は、品物を抱えて、もう一度だけ、わたくしの方を見ないようにして、戸口を出ていった。鈴が、少し遅れて鳴った。


【コメント】常連さん、来た

【コメント】いつもの、ください

【コメント】縄、買えてよかった

【コメント】お嬢の方、最後まで見なかったな

【コメント】お礼言いたいけど、言ったら吹っ飛ばされそう、の顔

【コメント】分かる


 小夜さんは、飴の瓶をもうひとつ、木箱に詰めた。

 それから、手を止めずに言った。


「瑠璃華。歓楽街の芝居小屋、屋根が半分ないって。持ち主の人、泣いてたって」

「まあ」


 わたくしは、木箱の中の、飴の瓶に目を移した。


【コメント】まあ、じゃない

【コメント】持ち主に連絡しろって言ったのに(三回目)

【コメント】でも今回のは、正直よかった

【コメント】この切り抜き、マリカ様に届くぞ

【コメント】届けるな

【コメント】いや、今回のは届いていいやつだろ

【コメント】マリカ様の名言で、勧誘を止めた回

【コメント】止めたのは客の指だけどな


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