閑話 公爵家にて
「――あの愚か者が!」
夜。
グラグベルク公爵家の王都邸にて。
シンシアの実父である公爵は激高していた。娘が子爵家令嬢に婚約者を取られ、婚約を破棄されたというのだ。
公爵家令嬢が子爵家令嬢に婚約者を取られるなど末代までの恥。
しかも王太子によってシンシアは追放されたというではないか!
「旦那様、すぐにお嬢様の身の安全を確保しませんと」
その情報を持ってきた執事長・セバスが進言する。リリーが側にいるから物理的な危険はないだろうが、貴族令嬢が家の庇護もなしに生き抜けるほど甘い世界ではないのだ。セバスの焦りも当然と言えた。
しかし、そんなセバスの言葉が公爵をますます怒らせる。
「馬鹿者が! 殿下の不興を買った娘を家に入れてみろ! 我が公爵家までが目の敵にされるではないか!」
「し、しかしお嬢様は……」
「えぇいうるさい! セバス! 貴様も貴様だ! あの娘であれば立派な王妃になれると言っていたではないか! それがどうだ! 王妃として我が家に利益をもたらすどころか危機をもたらしているではないか!」
「それは……ですが、お嬢様の聡明さは旦那様もよく……」
「うるさい!」
怒りにまかせてインク瓶を床に叩きつける公爵であった。
――そもそもが不気味な女であった。
子供の頃から妙に小賢しく、大人でも理解が難しい本ばかりを読んでいた。しかも女だてらに乗馬や剣術にまで手を出して……。セバスや家庭教師はその能力を褒め称え、天才だ神童だと絶賛していたが、公爵からすれば化け物にしか思えなかった。
あの瞳。
父である公爵を心底バカにして、嫌悪し、同情すら込められた目。
あれは自分の娘ではない。
きっと中身はとんでもない化け物だ。
それでも王太子の婚約者となり、王妃となれば家の役に立つと思っていたのだが……。こうなってしまったからには早急に『処分』した方がいいだろう。
やっとあの瞳から解放される。
家族への情など何も感じられない、あの瞳から。
公爵は晴れ晴れした気持ちになりながら屋敷の警備をする騎士数人を呼び出した。公爵家所属の騎士の中でもこういうときに使いやすい連中だ。
「――シンシアを処分しろ」
公爵からの命令に、騎士たちは下卑た笑みを浮かべた。処分する前に捕まえて『何か』をするつもりなのだろう。
対して慌てふためいたのはセバスである。
「旦那様!? 何をおっしゃるのです!? 実の娘を処分するなど――」
「黙れ! 家に迷惑をかけた女など娘ではない! せっかく王太子の婚約者にねじ込んでやったというのに! このまま放置して誘拐でもされてみろ! さらなる醜聞となるし、どこぞの男と子供でも作られたら面倒だ! その前に処分してしまえばいい!」
「ですが――」
「しつこいぞ! お前ら! セバスを黙らせろ!」
公爵の命令に従い、騎士たちがセバスを後ろ手に拘束した。
セバスも抵抗を試みるのだが、身体が資本となる騎士が相手ではどうすることもできない。しかもセバスは老境だ。すぐに体力を使い果たし大人しくなってしまう。
老いたセバスにわずかな憐憫を込めた目を向ける公爵。
「ふん、セバス。お前もいい年だからな、引退させてやろうではないか」
「旦那様……」
「だがその前に、長年仕えてきたお前にいいものを見せてやる。――お前ら。シンシアの『処分』にはセバスも同行させろ。可愛がっていた『お嬢様』の最期を見届けさせてやれ」
「な!? く、狂ったか!?」
「うるさい! あのような化け物に簡単に騙されおって! 耄碌した男など公爵家には不要だ! あの化け物の死を見届けたあとは実家に帰るのだな!」
狂ったように――事実、狂気に支配された公爵は連行されるセバスを高笑いしながら見送ったのだった。




