閑話 ギルドマスターの憂鬱
冒険者ギルドマスター・ギルスの仕事は多種多様にわたる。王城とのやり取り、書類仕事、各支部との調整……そして、冒険者間のトラブル仲介などだ。
特に冒険者は腕っ節自慢が多く、我が強い者ばかり。必然的にケンカやら殺し合いに発展するのも日常茶飯事だった。
なので、『ヤバい』冒険者が来たときは受付嬢も真っ先にギルスを呼ぶようになっているのだが。
「ギルドマスター! シアさんがやって来ました!」
「……そうか」
事務所に駆け込んできた受付嬢からの報告を聞き、小さくため息をつくギルスだった。今日は酒場に『新人』が多いが、シアに絡んでないといいなと願いながら立ち上がる。
シア。
ここ数年で冒険者ランクを駆け上がり、あっという間にAランクになってしまった『天才』冒険者だ。
庶民らしい茶色の髪ではある。
だが、庶民としてはあり得ないほどの美少女だ。
しかも立ち振る舞いは優雅で、背中に一本棒が通っているかのように姿勢が良く、口調も丁寧。服装こそ一般的な冒険者だが――明らかに貴族階級の人間であった。
貴族の子息子女が冒険者になりたがるのはよくある話だ。好奇心だったり家を継げない次男や三男が一発逆転を目指して等々。ときどきは『家に決められた婚約者など御免ですわ!』という娘もいる。
そしてそういう人間は粗野な冒険者に面食らい、大抵が冒険者登録をする前に逃げ出すのだが……シアの場合は、絡んできた冒険者をことごとく返り討ちにしてしまった。
しかも、物理的な攻撃無しでだ。
魔法使いならばそれも可能なはずだが、魔法というのは接近戦に弱く、細かな制御も難しい。あのときのシアのようにギルド内という狭い空間で、多数の冒険者を相手に戦い、ギルドの内装を一切破壊せずに全員を気絶させるというのはギルスの理解を超えていた。
明らかにヤバい人物だ。
が、能力があれば受け入れるのが冒険者ギルドでもある。
こうして新人冒険者シアは誕生したのだった。
対応はギルスがするという警告文と共に。
◇
最初の登場こそド派手だったが、シアは手の掛からない冒険者だった。
確かに絡まれれば過剰なくらいの反撃をするとはいえ、自分からケンカを売ることがない。それを理解した他の冒険者たちは腫れ物を扱うようにシアに対応し、結果としてシアの周りにはトラブルが消え失せていた。
まぁ、ときどきシアのことを知らない流れ者がその見た目に騙されることはあるが、そんなものはトラブルのうちに入らないというのがギルスの率直な意見だ。なによりギルドの内装を壊さないのが最高とも言える。
見た目が良すぎるので何も知らない男共が寄ってくるという問題があったが、それでもシアは優秀な冒険者だった。依頼達成率が高く、想定外の事態が起こっても難なく生還してくる。ランクAになる前からランクA相当の依頼をこなしてくれたのがシアだったのだ。
なにより助かったのが――『人狩り』をしてくれることだ。
人狩り。
いわゆる盗賊狩りである。
そういうのは本来騎士団の仕事なのだが、騎士の数は限られているのでどうしても辺境の村は見捨てられてしまう。そういう場合は冒険者ギルドに『人狩り』の依頼が舞い込んでくることがあるのだ。
寒村からの依頼なので報酬は激安。
行き帰りだけでかなりの日数が必要。
なにより、『人』を殺すのが嫌。
それらの理由から人狩りを積極的にする冒険者は稀であった。
だというのにシアは嫌がる様子も見せずに人狩りをしてくれる。
あるいは快楽殺人者ではないのかという噂もあるにはあったが……ギルスは違うだろうと考えている。
きっと彼女は人間に興味がないのだ。
いいや、知り合いの冒険者がケガをすれば悲しそうな顔をするし、死んだと聞けば涙を流すこともある。
だが、その様子がどうしても『悲しい物語を読んで涙を流す人』のように思えてならないギルスだった。一時は悲しむが、それだけ。それがいつまでも持続することがない。
きっとシアは、他の人間を自分と同じ存在だとは考えていない。
例外はいつも側に侍っているリリーくらいか。……パーティーメンバーでありながら冒険者登録をしていないので、おそらくは専属メイドなのだろう。
そんなことを考えながら受付に出たギルスが見たのは……膝から崩れ落ちる冒険者だった。最近地方から王都に出てきた『新人』だ。
地方で活躍して、王都で名を上げることを夢見てやって来る新人は多いのだが、大抵は調子に乗って先輩冒険者に痛い目に遭わされるのが通例となっていた。
「ったく、よりにもよってシアが相手かよ」
シアは自らケンカを売ることはないし、ギルドの建物や備品も壊さない。『ヤバい』冒険者の中では『マシ』な方なのだが……相手にとっては不幸だ。なにせああして気絶させられた人間は高い確率で脳に障害を負うからだ。
いくら新人とはいえ、王都所属の冒険者。このまま放っておくのも気が引ける。
なにより、万が一死んでしまっては『ケンカによる殺人事件』として騎士団が踏み込んでくるかもしれない。それは避けたいギルスだった。
「……おい、ちょっと治癒魔法を掛けてやってくれねぇか?」
ちょうど近くに治癒術士がいたのでお願いするギルスだった。
「えー? あの男、金持ってなさそうだから嫌です。ギルドが治療費を立て替えてくれます?」
「おうおう、それでいいからやってくれ」
「いくらで?」
「銀貨一枚」
「安……。シアさんのあの技、脳を治さなきゃいけないので治癒が面倒くさいんですけど?」
「まぁ、そう言うな。割のいい仕事があったら優先して回してやるからよ」
「それならいいですけど……」
渋々といった様子で倒れた男に近づいていく治癒術士。そんな彼女のあとについてギルスもシアに声を掛けた。
「――おう、シア。また騒動を起こしたか」
この程度では怒らないと分かっているからこその軽口だった。
「絡まれただけなんですけど?」
「絡まれただけで殺しかけるのはやり過ぎだって言ってんだ。ったく……。で? 今日はどうしたよ? またずいぶん遅い時間に来たじゃねぇか」
「実はしばらく王都を離れることになりまして。死んだと思われても嫌なのでお伝えしておこうかと」
「……マジかよ。お前さん向けの依頼も貯まっているんだがなぁ」
「面倒くさいことに巻き込まれたので急いで王都を出たいんですよね。まぁ落ち着いたらときどき顔は出しますよ」
「期待しておくぜ。――どこに行くんだ?」
「とりあえずは北の方に」
「北か。ライツ子爵家の領地には立ち寄るか? ちょうどいい依頼があるんだが」
「盗賊団ですか?」
「あぁ、かなり大規模らしい」
「まぁあの辺では『狩って』ないですからね。報告は現地の冒険者ギルドでいいのですか?」
「おう、こっちからも話は通しておくぜ」
察しのいい受付嬢が該当の依頼書を持ってきてくれたのでシアに手渡す。彼女は軽く目を通しただけで受注を決めたようだ。
「しかしお前さん、よく飽きもせず人狩りをするよな。何か理由でもあるのか?」
もしかしたらこれが最後になるかもしれないと思い、尋ねてみるギルスだった。
気分を悪くされるかもしれないと少し不安だったが、シアは何でもないことのように答えてくれた。
「私の剣の師匠いわく、十年鍛えるより人一人斬り殺した方が修行になるそうで」
「……物騒な師匠だなぁおい」
そんな人物に一人心当たりがあるギルスだった。が、あり得ないだろう。あの気むずかしい『剣聖』が弟子を取るとは思えないのだから。
特に畏まった挨拶もないままシアはギルドを出て行った。冒険者との別れはこんなものだ。




