冒険者ギルド
「このまま歩いてもいいけれど。そろそろ王都を出ましょうか」
「このまま夜の街をデートするのもいいと思いますが」
しれっとした顔で答えるリリーだった。本気か冗談か分からないわね……。
「デートなんていつでもできるのだし、また追っ手が来ても面倒だから『転移魔法』を使っちゃいましょうか」
「ご随意に」
ちょっと不満げなリリーだった。
――私は転移魔法を使えなかった。
公爵家の人間として生まれながらに高い魔力を持っていたけれど、それでも使いこなせないほど転移魔法は高度なものだったからだ。この国では魔導師団長と一部の魔法使いが使える程度。
でも、五回目の人生で魔力総量が増えていることに気づいて。
七回目くらいで、『死に戻れば死に戻るほど魔力総量は増える』と確信を抱くことができた。なにせその時点で魔導師団長の魔力総量を超えていたし。元々は足元にも及ばなかったのに……。
なので七回目の人生は魔法を極めるために費やしてみて……まぁ、それを逆に危険視されて処刑されてしまったのだけど。あの人生で学んだ知識は私の中にあるし、もちろん転移魔法も使えるようになった。
魔術師の経験則として『魔力を全て使い切ると魔力総量が増える』とか、『死にかけると魔力総量が増える』というものがある。
もちろん魔力を使い切ると魔力欠乏症で死ぬ確率が高いし、何度も何度も死にかけるわけにはいかない。なので魔力総量の増加は偶然死にかけるか、よほど狂気を孕んだ魔法使いじゃないとやらないものなのだけど……。
(私は12回死んで。12回死んだ分だけ魔力総量が増加したと)
たぶん死にかけるよりも実際に死んだ方が魔力総量は増えるのだと思う。
魔力総量の高さが露見すると処刑される可能性が高まるので、魔力総量は隠蔽スキルで誤魔化している。鑑定されたらバレてしまうし。
さすがに高位貴族をいきなり鑑定してくるバカはいないと思うけど、念には念を入れないとね。
ま、とにかく。転移魔法を使うのは久しぶりなのでちゃんと呪文詠唱をして――
「おっと、そうだったわ」
王都を出る前に冒険者ギルドへ行って挨拶しておきましょうか。しばらく王都のギルドは使いませんよーって感じで。冒険者は音信不通になると死亡扱いされちゃうし。
――冒険者。
とはいえ本当に冒険(未開地の踏破)をするのは一握りで、実際は何でも屋。危険な魔物退治をして一攫千金を狙う者あり、薬草採取で細々と暮らす者ありと、ひとくくりに冒険者と呼んでも多種多様な人間がいるのだ。
つまり、貴族令嬢という身元を明かせない私でも仕事にありつきやすかったと。
今回の人生では婚約破棄を前提に行動していたからね。リリーにも協力してもらい、密かに公爵邸を抜け出して冒険者として活動していたのだ。
もちろん、『金髪』という貴族令嬢っぽい髪色は悪目立ちするので変装してね。
「――我が身よ変われ」
変身魔法を使い、髪色を変える。貴族令嬢らしい金髪からあまり目立たない茶色の髪へ。
さらには転移魔法の応用で、今着ている夜会用のドレスと空間収納内の冒険者服を入れ替える。端から見れば一瞬で服が切り替わったように見えたはずだ。
「……よし」
自らの髪を一束手にとって魔法の効果を確認した私は、空間収納から丸眼鏡を取り出して装着した。これで『貴族令嬢シンシア』ではなく、何の変哲もない『女冒険者シア』である。
「……それで変装のつもりとか、おもしろ……」
「? 何か言った?」
「いえ、相変わらず素晴らしい変装でございます」
恭しくお辞儀しつつ、私と同じように転移魔法を応用してメイド服から普通の服に着替えるリリーだった。冒険者ギルドにも付いてくる気満々らしい。
◇
また少しだけ歩いて、冒険者ギルドの王都本部へ。
もう夜もいい時間だけどギルドの明かりは灯っている。一階部分は受付であると同時に酒場でもあるからだ。
ギルドの外にまで響いてくる喧噪。正直、あの空気は少し苦手な私だ。前世もインドア派だったし、転生してからは死に戻りの原因を究明するために長い時間を図書館で過ごしたからね。
まぁしかしギルドマスターに挨拶するだけでお酒を飲むわけじゃない。自分に言い聞かせながら私はギルドの扉を開いた。
私の姿を見て、一瞬静寂に包まれるギルド内部。彼らの瞳に浮かぶのは――恐怖、だろうか?
売られたケンカは買い続けてきた私なので『厄介者』の烙印を押されているのかもしれないわね。
私の姿を認めた受付の人が立ち上がり、奥へと引っ込んでいった。たぶん冒険者ギルドマスターを呼びに行ったのでしょう。何度かトラブルを起こしたせいか私にはギルマスが対応してくれるようになったのだ。
とりあえず受付の前で待っていましょうかと歩き始めると、
「――おう、美人じゃねぇか! どうだ? 俺がパーティーを組んでやってもいいんだぜ?」
声を掛けてきたのは粗野な男。……見たことのない顔だ。冒険者は入れ替わりが激しいとはいえ、それでもこのギルドを使う人物は大体記憶しているはずなのだけど。
「ははっ! まずは酒を注いでみろ! 上手くできたら可愛がってやるからよ!」
そう言いながら男が差し出してきたのは安物のビンに入った酒。冒険者がよく飲んでいるお酒であり、一応ワインに分類されているけれど『味の付いた水』と表現したくなる代物だ。
まったく、とため息をつく私。
「女の子と仲良くしたいならそういう店に行きなさいな。……その程度の稼ぎもないの?」
「あ!? 俺の相手が不満だってのか!?」
ちょっと口答えしただけで激高する男。そんな彼を見てリリーが一歩踏み出したので右手で制止する。いくら何でもこんなギルドのど真ん中で霧にしちゃうのはマズすぎる。
さて。こういうとき『保護者』がいると話が早いのだけど。
酔っぱらいから視線を外し、ギルド内を見渡す。
「……この男のパーティーメンバーは? いるの?」
途端にギルド内が騒然とした。
「し、知らねぇよ!」
「俺たちは無関係だぜ!」
「そいつは最近王都にやって来た流れ者だ!」
どうやら王都に出てきたばかりの独り者らしい。ここで保護者がいると仲介を期待できたのだけど。
面倒くさいことになったなぁと小さく鼻を鳴らすと、そんな態度が気にくわなかったのか男がますます激高した。
「何だその態度は!? 舐めてんのか!?」
私に向けて男の手が伸ばされる。
一日に何度も男に掴まれる趣味はない。
なので、私は小さく呪文を唱えたのだった。
「――魔力変換」
瞬間。
男が白目を剥き、膝から崩れ落ちた。どうやら意識を失ったみたいだ。
「……相変わらず訳の分からない魔法ですね。周囲の魔力も動いていませんし」
どこか呆れた様子でリリーが呟いた。
「この男の周りの酸素を魔力に換えただけなのだけど」
「左様でございますか」
あまり興味のなさそうなリリーだった。何度か説明はしたのだけど、この世界の人間は『空気中には酸素やら二酸化炭素やらがある』というのは理解しがたいみたい。……私の説明が下手なわけではない、と思う。
「おう、シア。また騒動を起こしたか」
と、私に近づいて来たのは山賊……じゃなくて、山賊のような見た目をしたギルドマスター・ギルスさんだった。今日もゴブリンくらいなら素手で殴り殺せそうな筋肉を誇っているわね。




