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闇堕ち令嬢シンシア ~死に戻り少女は死なないことにした  作者: 九條葉月


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霧化


 もう夜なので馬車もない。というわけで、徒歩で王都の中を歩いている私たちであった。


 効率だけ考えるなら転移魔法で王都を脱出し、近くの宿場町で宿を取ればいいと思う。

 でも、今の私は歩きたい気分だったのだ。これから獲得するであろう『自由』な日々に向けて。一歩一歩地面を踏みしめながら。


 夜の風はこんなにも冷たかったのか。

 王都の夜はここまで静かだったのか。


 王妃になってからの50年。王都の街を自分の足で歩くことなんてなかったし、こうして夜歩きをすることもできなかった。


 私は幸せだったはずなのに、その(じつ)まったく幸せではなかったのだ。


 かつては私が命を落とした夜の王都が、なぜだかとっても心地いい。


「楽しそうでございますね」


「えぇ、楽しいわ。リリーは楽しくない?」


「私はお嬢様が楽しければ。それこそが一番の喜びでございます」


「……固いわねぇ。もう私たちはお嬢様とメイドじゃないのよ? 言うなれば自由を楽しむ同士。お嬢様なんて呼び方は止めて、口調ももっと軽いものにしない?」


「分かっておりませんね」


 リリーは呆れ果てたように首を何度か横に振って、


「――私が『お嬢様』とお呼びするのは、シンシア様だけです」


「うん?」


「つまり、世界で唯一。これは何者にも至ることのできない、お嬢様だけの『特別』でございます」


「……誤魔化(ごまか)そうとしてない?」


「まさか。敬愛するお嬢様に対してそのようなこと」


「そういうの、『慇懃無礼』というのだけど?」


「私には学がありませんので。難しい言葉は理解しかねます」


 リリーがしれっとした様子で答えていると、


「――待て!」


 馬の蹄の音と共に、そんな声が。


 振り返ると、白馬に乗った美形の青年がこちらに駆けてきていた。


 こういう言い方はよくないと思うけど、ゲームにおける『攻略対象(メインキャラ)』の一人。騎士団長の息子であるギルベルト様だ。


 この人は私が王太子から追放され、抵抗しようとするたびに床へと組み伏せてくれたので好感度はゼロ……むしろマイナスである。


「シンシア! 王太子殿下が慈悲を示された! すぐに城へと戻れ!」


 と、そんなことを馬上から口にするギルベルト様。公爵令嬢に対する敬意ゼロである。いや私は追放されたのだから微妙な立場なのだけど、少なくとも父である公爵が正式に追放しない限り『一応は公爵令嬢』という扱いのはずだ。


 まぁ、この男は傲慢で、女なんて男のあとを付いてくればいいと考えているような人間なのでこの態度も当然か。だからこそ今までのやり直しの中で『公爵令嬢』である私を平気で床に組み伏せることができたのだ。


 しかし、殿下が戻ってこいと? あんな衆人環視の中で追放を宣言したくせに? しかも腹心であるギルベルト様を遣わせる? 今まではそんな展開はなかったはずだ。


 なにか奇妙な感じがする。

 けれど、だからといって戻るつもりはない。


 やっと計画通りに追放してもらえたのだ。今の私は貴族令嬢としての義務から解放された自由人。なぜ今さら自由のない人生に戻らなければならないのか。


 どうせ上手くやってハッピーエンドにしたところでまたやり直すことになるのだ。


 それに、私を連れ戻して処刑したり地下牢に幽閉する可能性もあるし。


 今までのやり直しの中で。私はそれなりに鍛えてきたので近衛騎士団を返り討ちにしたり地下牢から脱出することもできる。でも、だからといって無駄な時間を過ごす意味もない。


「お断りします。私はもう婚約を破棄されましたので」


 そのまま振り返ることもせず立ち去ろうとすると、


「――調子に乗るな! 殿下が望まれているのだ! 女は黙って付いていけばいいのだ!」


 ギルベルト様が馬から下り、乱雑に私の手を握った。


「痛っ」


 いくら鍛えたところで痛覚を遮断できたわけではない。……それに、前回の幸せな人生で実感したことだけど――私、うっすらと男が嫌いみたいなのだ。まぁそれは何度も追放されたり慰み者にされたりしたから当然と言えば当然なのだけど。


 腕を掴まれた痛みと、男性に対する嫌悪感で眉間に皺を寄せる私。


 すると、


「――無礼者が」


 怒りを孕んだ声を発しながら。リリーがギルベルト様の手首を掴んだ。


 あ、マズい。


 そう思った瞬間にはもう、ギルベルト様の手首から先は(・・・・・・)なくなっていた(・・・・・・・)


「なっ!? なんだこれは!?」


 自分の手首から先が霧となって消滅したことが信じられないのか、情けない目をしながらギルベルト様が私とリリーを交互に見る。


 とはいえ、私が何かするつもりはない。治癒魔法が得意な『聖女(ヒロイン)』なら何とかしてくれるかもしれないけどね。


 でも、たとえ今すぐ聖女の元に戻ったとしても無駄だ。すでに手首から上腕部、二の腕へと霧化は進んでしまっているのだから。城への道中で完全に霧となって消えてしまうでしょう。


「な、な、なんだよこれ!? 俺の!? 俺の身体が!? た、助けてくれ!」


 その懇願を最期の言葉として。ギルベルト様の肩から首、そして頭部が霧となって消えてしまった。


 残された胴体や下半身もそのまま霧に侵食され、消滅する。


「穢らわしい。血を吸う価値すらありません」


 なんか怖いこと言っているリリーだった。人一人消し去ったというのに後悔や罪の意識はなさそうだ。……私も三人殺したばかりなのだから、今さらか。


「さて、どうしたものかしら?」


 王太子からの指示を受けたギルベルト様の消滅。彼が戻らなければ王太子も訝しむでしょう。さすがに私が殺したとまでは思わないはずだけど、何かを知っているとして追っ手をけしかけられるかもしれない。


「……まぁ、いいか」


 王太子たちは私がどこに向かうか知らないのだし、変身魔法で髪色を変えれば姿をくらますのも容易だ。この世界には写真もないし。肖像画はあるけれど、まさかそれを担いで聞き込みをするわけにも行かないでしょう。


 それに、もし追いつかれてもその時は『処分』すればいいだけだ。


「さすがお嬢様。単純明快でございますね」


「褒めてないわよね? あと、リリーが霧にしちゃったから頭を悩ませるハメになったのだけど? せめて肉体を残してくれればアンデッド化で時間稼ぎをできたのに」


 リリーはかなり上位の吸血鬼だからね。死体を眷属として操る死霊術士みたいなこともできるのだ。


「いやです。なぜ野郎を眷属にしなければならないのですか?」


 好き嫌いの多いリリーだった。


「まったく面白い女だこと。……のんびりしていてはまた追っ手が来るかもしれないわね。王太子はなぜか私に戻ってきて欲しいみたいだし」


「今さらながらにお嬢様の素晴らしさに気づきましたか。もう遅すぎますのにね」


「あの男が何を考えていようとも別にいいわ。……とりあえずはセバスの実家に顔を出して無事を報告しましょう」


「ご随意に」


 丁寧に一礼するリリーだった。




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