報復
完全な夜。街灯自体はあるけれど、真夜中になれば全て消されてしまう。僅かな月明かりを頼りに大通りを進んでいく。
人通りは皆無。
街灯も消された時間とは、『裏』に生きる人間たちのものだ。不用意に出歩けば身ぐるみを剥がされてしまうし、女性であれば最大限の屈辱を味わわされることになってしまう。
かつての、やり直す前の私がそうだった。
王都であれば真夜中でも安心だと油断して、男たちに攫われて。そして――
「――おいおい。こんなところにお貴族様がいるぜ?」
「不用心だねぇ」
「俺たちが安全な場所までご案内しましょうかぁ?」
下卑た顔と声。いかにも真っ当ではない外見。
見覚えがある。
たとえ死んでも忘れるものか。
最初に追放された、あのとき。私を散々嬲り者にしてくれた男たちだ。
好き勝手に犯し、物のように扱い……「飽きた」なぁんて理由で私の首を絞めた、鬼畜共。
そんな彼らに対し、私は微笑みを浮かべてみせた。
「――私の身体、楽しんでいただけたかしら?」
「……はぁ?」
「お前、何言ってんだ?」
「頭おかしい――」
男たちの言葉が終わるより前に。
私は空間収納から長剣を取りだし、男の一人を袈裟斬りにした。
鮮血が夜に舞い。一つの命が終わりを告げる。
「は?」
「お前、なにを、」
唖然とする鈍い男共のうち、二人目は刀身を返して横薙ぎに斬り捨て。最後の一人は脳天から一刀両断にしてみせた。
最後の男に対する攻撃は大げさすぎるから……やはり、恨み骨髄に徹するというものなのでしょう。むしろ一瞬で苦痛を終わらせてあげたことに感謝して欲しいくらいだ。
「お見事でございます」
全てを終えたあと。なんとも平静な声で一礼してくるリリーだった。
「……驚かないのね?」
確かにやり直し前には酷い目に遭わされたとはいえ、今はまだ何もされていない。依頼を受けて盗賊などの犯罪者を討伐するならともかく、今の私はリリーからすれば『お嬢様が乱心して一般人を手打ちにした』ようにしか見えないだろうに。
しかしリリーは当然であるとばかりに頷く。
「何を驚くことがありましょうか。お嬢様の成されることに、間違いなどないのですから」
「少しくらい疑ってくれてもいいのだけど……」
信頼してくれていると喜ぶべきか。盲目的すぎると嘆くべきか。私が反応に迷っていると、リリーが穏やかな笑みをこちらに向けてきた。
「それに、ご安心ください。多少『闇堕ち』したところで、お嬢様の本質は変わりませんから」
「……本質ねぇ?」
闇堕ち。
その名の通り闇に堕ちること。主人公とか正義の味方が悪側に身を寄せてしまうのだ。
前世で言えば魔法少女とか? こっちの世界ではよく騎士が闇堕ちしているわね。もちろん物語の中で。
あとは闇側の存在が主人公たちの善性に触れて味方になる『光堕ち』なぁんて言葉も。
しかし私は元々悪役令嬢なのだから闇堕ちもなにもないのでは? ……いやリリーは私が悪役令嬢とは知らないか。純朴なお嬢様が平気で人を殺すようになったことが、リリーから見れば闇堕ちしたように見えてしまうと。
でも、そんなに闇堕ちしているようには思えないのだけど? 殺しているのはあくまで『敵』だし。しかも怨敵である王太子や父親は殺さなかったもの。
「闇堕ちはともかくとして。私の『本質』って何? まだ無実の人間を斬り殺しても変わらないものなの?」
「えぇ、変わりません」
「具体的にはどんな感じで?」
「そうですね、そうやって無自覚なところでしょうか?」
「? ……まぁいいわ。死体の処理、お願いできるかしら?」
「かしこまりました」
恭しく一礼した後、リリーがゆっくりと右手を掲げた。自らの胸の高さくらいにまで。
その右腕。手首から先が霧に包まれたように不明瞭になる。……いや、実際に霧のごとく変化しているのだ。
霧化したリリーの右手は止まることなく膨張を続け、私が今殺したばかりの男たちの死体を完全に包み込んだ。
みるみるうちに血が抜き取られ、骨と皮だけになっていく男たちの死体。何度見ても不思議な光景だ。
「不味い血ですね。魂の穢れが血液にまで染みこんでいるのでしょう。――焔よ、燃えよ」
不愉快そうなリリーの呪文詠唱と共に、男たちの死体が炎に包まれて……チリも残さずに燃え尽きた。
――吸血鬼。
人を超えた力と魔力を持ち、寿命すら存在しない不死者の王。
しかもリリーはその中でも別格。唯一無二。日中でも平気で活動できる太陽と共に踊る者なのだ。
正直、今回の『死なないことでやり直しを回避』するというアイディアは、リリーがいたからこそ思いついたのだ。
最初は手っ取り早くリリーに吸血鬼化してもらおうと思ったのに、拒否されてしまった。「私はお嬢様のメイドであり、お嬢様を眷属にするわけにはまいりません」って。
なんとも融通が利かないことだけど、逆に、リリーに対する信頼が上がる一件でもあった。公爵令嬢を自分の好きにできるチャンスだったというのに、彼女は私のメイドであることを優先してくれた。
というわけで。
吸血鬼化が駄目なら、他の手段の中でも一番確実な不老不死になる方法――魔王化を目指すことにしたのが今回の私だ。
「さて。まずは聖剣の獲得。あとは魔王を討伐して……一応、セバスの故郷に顔を出しておきましょうか。その後はスローライフってやつをするのもいいかもね。私、平和な田舎で家庭菜園というものをやってみたいわ」
人を三人も殺したあとだというのに私はそんな夢を語り。
「よろしいかと」
リリーはどこか満足げに頷いてくれたのだった。
「じゃあ、いきましょうか」
「ご随意に」
一礼するリリーに頷いてから、私は、魔王を目指す第一歩を踏み出したのだった。




