忠臣
夜会の会場を出た途端、扉は閉められた。お前はもうこの場に入る資格はないと言わんばかりに。
このあとは公爵閣下が激高し、私を公爵家から除名して放り出す。というのがいつもの流れだ。
「さて、公爵家に戻る必要はないわね」
なにせ今日追放されることは分かっているのだ。必要なものはすでに空間収納に詰め込んである。
少し、浮かれながら階段を降りる。建物の二階から地上へと繋がる階段を。
(ふふふ、楽しい)
最初に追放されたときには衝撃が強すぎたせいでどうやって降りたかすら覚えていなかった階段。それが今では輝かしい未来へと繋がって光り輝いているようにすら感じられた。
「――お嬢様!」
「ご無事ですか?」
会場から階段を降りた先にある、停車場。
そこにはすでに馬車が一台止められていた。私がここまで移動するのに使った公爵家の馬車だ。
待っていてくれたのは公爵家の執事であるセバスチャンと、私の専属メイドであるリリー。
セバスチャンはいつでも温和な笑みを崩さないナイスミドルで、毎回、公爵家から追放される私を影ながら支えてくれる存在だ。
リリーは、私が幼い頃に拾ってきた少女。珍しい銀髪と赤い瞳は人を超えた魔力量を有する証なのだけど、そんなことを知らない田舎の平民にとっては気味の悪い色でしかなく――原作ゲームの知識を活かし、わざわざ田舎にまで足を運んで確保した子なのだ。
正直、この子が味方に付いているかいないかで人生の攻略難易度がまるで違うのよね。
……それに。
何度失敗しても。何度追放されても。リリーは私の味方でいてくれた。リリーは私に付いてきてくれた。
だから今回も、と、期待してしまうのは間違っているだろうか?
おっと、今は計画通りにことを進めないと。
「セバス。わたくしは追放されました」
「おぉ! なんと! 今朝お嬢様から話を伺ったときはまさかと思いましたが!」
驚きのあまりふらついたセバスを、サッとリリーが支える。
――今日、追放されるかもしれない。
そう相談したところ、心配して夜会にまで付いてきてくれたのがセバスなのだ。この辺りは何度かの人生経験でこういう反応をしてくれることが分かりきっている。
「お嬢様。すぐに屋敷へと戻り、旦那様にご相談を」
「いえ、わたくしはすでに追放された身。ここで公爵家に戻っては家に迷惑が掛かるでしょう」
「そのようなことは!」
「セバス。お父様に報告を。わたくしの不手際は、わたくしが責任を取ります。お父様におかれましては軽率な行動を慎まれますように、と」
軽率な行動。
ここで『娘のために』動いてくれる父親であれば私も何度か酷い目には遭わずに済んだかもしれないのだけど。ま、そんなことを恨んでもしょうがない。あの人にはとっくの昔に見切りを付けているのだから。
「お嬢様……」
辛そうに目を閉じたセバスは、懐に手を入れて一枚の封筒を取り出した。
「お嬢様。どうぞこちらを」
「これは?」
「わたくしめの実家に宛てた手紙でございます」
「セバスの実家?」
「えぇ。今朝、お嬢様から話を聞き及び、万が一の時のために準備しておきました。……どうぞ、この手紙を持って我が実家へ。悪いようにはしないはずでございます」
「…………」
セバスの実家は、王国の端に小さな領地を持つ子爵家だったはずだ。貴族身分でなければ公爵家で働くのは不可能なので、それ自体は驚くべきことではない。
私が驚いてしまったのは、今までの12回で、こんな展開はなかったからだ。
(……事前にセバスに相談したから?)
とにかく、セバスは数少ない信頼できる人物なので手紙を受け取る。するとセバスは続けて小さな革袋を私に差し出してきた。公爵令嬢としては馴染みがないけれど、この世界で財布として使われているものだ。
中身を確認してみると、金貨が5枚入れられていた。セバスにとっては大金でしょう。
「これは?」
「馬車に乗るにもお金は必要となりますので。どうぞこちらをご使用ください」
「……受け取れないわ、セバス。そこまで迷惑を掛けるわけにはいかないもの。それに馬車代としては多すぎる――」
「お嬢様。このままお嬢様を寒空の下に放置したとあっては後悔で夜も眠れませぬ。どうか、この老いぼれの心を穏やかにするためにも、受け取ってはくださいませんか?」
「……そこまで言うのなら」
正直、お金に関しては心配する必要などない。
なぜなら今回も屋敷を抜け出して『冒険者』として活動していたので、その時の稼ぎがあるからだ。
でも、私はセバスからお金を受け取った。
私のことを思い、ここまでしてくれるセバスの気持ちが嬉しかったからだ。
「セバス。誓いましょう。――わたくし、シンシア・グラグベルクは、貴殿からの恩義を決して忘れず、あなたとあなたの一族に必ずや報いてみせると」
「ははっ、有難き幸せにて」
「……じゃあ、セバス。長生きしてね?」
「お嬢様も、息災であられますよう」
深々と頭を下げたセバスをその場に残し、城門へ向けて歩き出す。
後ろに続く、一つの気配。
私の専属メイド、リリー。
何も言わず。ただ黙って付いてくるつもりのようだ。
「リリー。屋敷に戻りなさい」
「お嬢様がお戻りになるのなら」
「私はもう『お嬢様』じゃないし、あなたは私のメイドじゃないわよ」
「なら、命令に従う必要はありませんね」
「減らず口を……」
でも、そんな態度が今はなんだか心地よい。リリーが私に付いてきてくれるのはこれで数回目だけれども、こういうのは何度経験してもいいものなのだ。
「コキ使ってあげるわ。それでもいいなら付いてきなさい」
「えぇ、ご随意に」
即答したリリーに対して何も言えなくなり、そのまま歩みを再開する私。
するとセバスがリリーに向けて声を張り上げた。
「――リリー! 私は旦那様に報告をせねばならん! お嬢様をよろしく頼む!」
「もちろんでございます」
セバスとリリーのそんなやり取りを背中で聞きながら、私は城の外へと足を踏み出した。
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