閑話 決着
「まさか、シアさんでも見抜けなかったのに!」
一目で『女性』であると見抜かれたロイは驚愕した。あれだけの力を持つシアでさえも騙せていたのにと。
……この場にリリーがいれば「いえ、シア様はポンコツですので……」とツッコミを入れただろうが、残念ながらこの場にリリーはいない。
ともあれ、相手は只者ではないだろうと気を引き締めるロイ。実際にグリッジは魔王軍四天王なのだからその警戒は間違っていない。
グリッジから向けられる下卑た視線。男のふりをしているロイに経験はないが、活発な美少女であるシーナや清楚な雰囲気を持つセイラはよくあのような目を向けられていたので、そういうつもりだというのは分かる。
もしも負ければ口にするのもおぞましいことをされるだろう。それこそ、地下牢で保護したあの女性たちのように。
――そうだ、とロイは今さらながらに気づく。
もし自分たちが負ければ、またあの女性たちが酷い目に遭うのだと。一度だけでも人生を滅茶苦茶にされてしまうというのに、二度目など絶対に許してはならない。
「セイラちゃん!」
ロイの叫びをセイラは正確に察した。セイラの周囲に膨大な聖力が渦巻く。
「いと猛々しき戦の神よ、勇ある者に祝福を! ――身体強化!」
かつてシアと手合わせしたときにも使ったが、まるで通用しなかったロイへの身体強化魔法。だが、ロイもセイラも確信があった。――目の前の下卑た男は、シアよりは弱いのだと。
無論、だからといってロイたちより弱いというわけではないし、きっと実力では足元にも及ばないだろう。
だが、だからといって逃げるという選択肢はない。
「うぉおおおおっ!」
まるで木刀のような軽やかさでロイが愛用の大剣を振るう。もちろんそれは身体強化の効果であり、実際に軽くなったわけではないので大剣としての威力と殺傷能力に変化はない。
「ぬぅ!?」
たかが女。そう舐めていたグリッジはすぐさま自らの判断の甘さを察した。
(このガキ! やるじゃねぇか!)
即座に思考を切り替えるグリッジ。手頃に欲望を発散できる女から、手強い『敵』へと。
「おらっ!」
グリッジが右腕で大剣を受け止め、空いた左拳でロイの腹を狙う。顔ではなく腹なのは、『良い』顔を潰すのはもったいないからだ。
大剣を生身で止めてみせればれば驚くものだし、隙となるはず。
だが、ロイは驚愕を見せず、冷静にグリッジの反撃を避けてみせた。――まるで、素手で大剣を受け止める化け物を知っているかのように。
「チッ! うざってぇな!」
先ほどの一撃は腕に魔力を集中させたからこそ防ぐことができた。だが、あの速度で大剣を振るわれては防御していないところに一撃を食らうかもしれない。
さすがの四天王でも、そうなれば負けてしまう可能性があった。魔族は人よりも身体能力と魔力に優れているが、肉体的な防御力はさほど変わらないのだ。
「くそっ! おいジール! 何をやっているんだ!?」
グリッジが横目でもう一人の魔族・ジールを見る。……どうやら彼はシーナとセイラを相手に魔法を使った中遠距離戦をしているようだった。
魔族とはいえ、斥候に選ばれるのは戦闘職でない場合も多い。いくら魔族が人を越える魔力を持っていたとしても、戦闘職以外の存在が、二人を相手に戦うのはキツいものがあるのだろう。
……いや、だがそれにしてもおかしいとグリッジは気づく。ジールは魔族としての膨大な魔力を使わずに魔法戦をしているではないかと。
「てめぇ! 何遊んでやがるんだ! さっさと全力を出せ!」
「し、しかしグリッジ様……。ここで魔力を解放しては領都にいる『聖女』に察知される危険が――」
「んなもん、望むところじゃねぇか! 目標があっちからやって来てくれるんだからな!」
「ですが、」
「――さっさと決めるぜ!」
ジールとの議論など時間の無駄だとばかりに、グリッジが自らの魔力を解放した。今までは身体強化と防御にしか使っていなかった魔力を全力で解放する。
人間とは弱い生き物だ。強大な魔力を受けただけで『魔力酔い』をしてしまうほどに。
四天王としての膨大な魔力を、魔法使いでもない人間に叩きつける。普通であればしばらくまともに動けなくなるはずだ。
だが、しかし。
ロイに魔力酔いの症状は現れず、先ほどと変わらぬ勢いでグリッジの首を狙ってくる。――まるで、異常なほど膨大な魔力を持つ存在が近くにいて、身体が慣れているかのように。
(何だコイツは!?)
負ける気はしない。
実力ではグリッジの方が上のはずだ。
しかし、ならばなぜグリッジはロイを倒せないのか? 今現在もこうして大剣を避け続けているのか?
それは、もしかしたら。グリッジよりロイの方が強いから――
「――んなわけあるか!」
忌々しげに叫んだグリッジが、跳躍した。ロイ目掛けて……ではなく、後方に。
その場所にいたのは、シーナとセイラと戦うジールだ。
「グリッジ様!? 何を!?」
ジールの驚きなど意にも介さず。グリッジはジールの首根っこを掴んだ。
そして。そのまま力任せにジールの身体を放り投げた。大剣を構えて距離を詰めようとしていたロイに向かって。
突如として飛んできたジール。味方を投げつけるという暴挙。
予想外の出来事であるし、ジールの肉体で視界も効かないだろう。その隙を突くため、グリッジは再び跳躍した。今度こそロイに向かって。声にならない叫び声を上げるジールの身体に隠れながら。
突然の事態に思考が停止し、選べる行動は限られるはずだ。ジールを避けるか、斬り捨てるか。あるいは対処できずに下敷きになるか。どれを選ぼうとも必殺の一撃を放てるようグリッジは準備する。
そしてロイは想定外の行動に出た。
その場にしゃがみ込みつつ、大剣を横に薙いだのだ。
飛んでくるジールを狙った一撃、ではない。
明らかに。その後ろから迫り来るグリッジに対する攻撃であった。
「――ぐぅ!?」
真正面からの横薙ぎであればまだ対処できただろう。しかし、狙われたのはグリッジの足元。避けることもできずグリッジは足首を切断されてしまう。
「がぁああああっ!?」
激痛と共に地面に倒れるグリッジ。足首から先を失い、転倒したときに何本も歯を折ったその姿は悲惨の一言であるが――もはや『覚悟』を決めたロイは迷わなかった。
「さようなら」
微塵も迷うことなく。ロイは大剣をグリッジの首に振り下ろした。




