悪夢
――皆が寝静まった深夜。
「う、うぅ……」
私は、すぐ近くで聞こえる呻き声で目を覚ました。
ランタンの火も落とされた、真っ暗闇。けれども、魔王になった影響かそんな中でも視界は良好だった。
首だけを動かして横を向く。
「うぅ……」
額に脂汗を浮かべながら。苦悶の表情をしているのはロイ君だった。
それもそうだ。
トドメこそ私が刺したとはいえ、はじめて人を殺したのだ。相手がいくら凶悪な強盗だって、人間であることに変わりはない。剣を突き刺したときの感触。生温かい血。苦悶の声に憎々しげな目。それら全てがロイ君の心に刻み込まれ、こうして今彼女を苦しめていたのだ。
これでロイ君が男性であったのなら突き放すところだ。自分で決めた道なのだから耐えてみせなさいと。
でも、ロイ君は女の子であり。訳も分からないまま神託を受けて『勇者』にさせられてしまった被害者なのだ。
「――大丈夫よ」
やさしく。やさしく。彼女の耳元にささやきかけながら抱きしめる。
「大丈夫、ここには怖い人なんていないわ。大丈夫、大丈夫……」
背中をぽんぽんと叩く。安心させるように。ここには味方しかいないと分からせるように。
そうしてしばらく背中を叩いていると……ロイ君は私を抱き返してきて、そのまま眠りについたのだった。
「……あら? これ、抜け出せないわね」
いくら少女とはいえ大剣を武器とする勇者。普通の人より力は強いみたい。いや本気を出せばいけるけど、それをやったら起きちゃうかもしれないし……。
ロイ君の体温でぽかぽかする。
それになんだかいい香りが……眠くなってきた……。
◇
「これは……」
「噂の『女たらし』ですか……」
「まぁ、神話でも神様は女好きですし……人間の美人や美少女に手を出しまくりですから……」
なんだか声が聞こえたので、ゆっくりと目を開ける。
窓から差し込む朝日。
布団に横になる私を見下ろすリリー、シーナちゃん、セイラちゃん。なんだか視線が冷たいような?
「――ん」
すぐ近くでロイ君の声が。そう、すぐ近く。具体的に言うとゼロ距離で。どうやらロイ君に抱きしめられてそのまま眠っちゃったみたいね……。
「……違うのよ?」
なぜか言い訳をしてしまう私だった。
「いえ、言い訳は不可能だと思いますが」
「ロイもなんだか幸せそうだし……」
「よほど『いい目』にあったようで」
さらに冷たい目を向けられる私だった。ロイ君を慰めただけなのに……なぜだ……?
◇
「ここは公平を期すべきかと」
「ロイだけはズルいものね」
「神の寵愛は皆に与えられるべきかと」
なんだか三人が寝言を言っているけど、寝言なのでスルーしてと。
「――なんだか夢見心地です……」
乙女みたいな顔をしながら、自分の頬に手を当てるロイ君だった。すごい美少女だ。これを男の子だと思っていた過去の私、鈍すぎない……?
ま、まぁ重要なのは過去じゃなくて未来よね。というわけで、メイドさんが迎えに来てくれたので朝食に向かうことにしたのだった。参加者は私たちと領主様。立場的には使用人なのだけどセバスとリリーも同席していいみたい。
用意されたのはごくごく平均的な『貴族』の朝食だった。白パンにスープ、ベーコンに野菜。公爵家に比べれば質素だけど、庶民からすれば豪勢なものだと思う。特に朝からお肉を食べられるのがね。
そう、庶民からすれば豪勢。
「わ、わぁ」
「すご」
朝食の凄さに固まってしまうロイ君とシーナちゃん。これは庶民なのだから仕方ないわよね。
「地上にまします我らが神よ――」
たぶん貴族令嬢であるセイラちゃんは平然としていたけれど、食事前の祈りがオリジナリティー溢れすぎてない? 地上にいる神って、私のことよね?
セイラちゃんの祈りはともかく、作法としては完璧だった。逆にロイ君とシーナちゃんはナイフとフォークの使い方すら怪しかったので、あとで教えてあげるのもいいかもね。冗談じゃなく本当に『勇者パーティー』なら貴族にお呼ばれする機会も多いでしょうし。
ときどきこの館で食事をできないかなーっと考えていると、領主様が声を掛けてきた。
「シンシア様。約束通り、あの砦を譲渡する旨の書類を作成しておきました」
「あら、ありがとうございます」
執事さんが丸められた羊皮紙を差し出してきたので、受け取って確認する。所有者は私で、名目は修道院。譲渡費用は盗賊討伐の報酬と相殺と。事前に相談した通りね。
ちなみに最初は無料での寄進を打診されたけど遠慮した形だ。あと盗賊は何だかんだで100人を超えていたからね。討伐費用×100だとかなりの値段になりそうだし。
しかしまぁ、地方の盗賊団が100人越えとか考えがたいわよねぇ。可能性としては敵対した領地から密かに雇われていたとか……。
そんなことを考えていると領主様が質問してきた。
「シンシア様の今日のご予定は?」
「はい。とりあえずは砦の掃除をしようかと」
「そうでございますか。では我が家の使用人を派遣しましょう。砦は広いですから人手も足りないでしょうし」
「いえ、そちらも襲撃の後片付けをしなければならないのですからそこまでしていただくわけには……」
「む、そうですか? ……いや、囚われた女性たちも見ず知らずの人間が押し寄せては不安に思いますか。ならば掃除用具は必要なだけお持ちください。準備するよう申しつけておきますので」
「感謝いたしますわ」
本当に感謝だ。掃除用具って買いそろえるとなると地味に痛い出費だからね。……まぁ私の場合は浄化を使っちゃうから必要ないのだけど。その後は女性たちが自分で掃除をしなきゃいけないからね。
あとは、ちょっと気になっていたことを。
「あの、私は一応身分を隠していますので、『シンシア様』と呼ばれるのは、その……」
「おぉ、これは失礼いたしました。これからは気をつけます、聖女様」
自分の娘より年下の小娘から注意されたというのに、気にした様子もなく訂正してくれる領主様だった。やはりいい人だ。




