善人
おっと、まずは訂正しておかないと。
「わたくしはもうすでに王太子殿下の婚約者ではありませんわ」
「……と、おっしゃいますと?」
頭の上に『???』が浮かんでいる領主様に詳細を説明する。聖女候補としてアリスと対立してー、冤罪によって追放されてー、実の親に殺されかけながらもなんとかここまで逃げてきましたーと。もちろんセバスが私を庇ってくれたことは重点的に話しておく。
うん、嘘は言っていない。
殿下の側近をリリーが霧にしちゃったり、追っ手の騎士を殺したりしたことは黙っていただけで。こういう風に話すと何とも悲劇のヒロインじゃない私?
そんな悲劇のヒロインっぷりは領主様の心に響いたようだ。
「なんと……なんという……!」
顔を赤く染めながら拳を震わせる領主様。良い人だ。こちらが不安になってしまうほどに。とはいえ『聖女様』が嘘をつくとは思わないだろうから、こればかりは仕方ないわね。
わなわなと震えていた領主様は力強くセバスの肩を掴んだ。
「セバス! よくやった! 冤罪を掛けられたご令嬢の味方になるとは見事! それでこそ我がライル子爵家の男だ!」
「ありがとうございます、兄上」
「聖女様……いえ、シンシア様。なんとお辛い経験をされたのでしょうか。ですがご安心を。あなた様こそが真なる聖女。我が子爵家は全力でお嬢様を匿わせていただきます。狭い屋敷ですが、ぜひ我が館でお過ごしください」
「ありがたいお言葉ですわ。しかし、事情は分かりませんが、王太子殿下は私を追っているご様子。このままこの屋敷に留まっては迷惑となってしまいます」
「はは、殿下もシンシア様が真なる聖女だと遅まきながら気づいたのでしょうな。……一つ確認しておきたいのですが、シンシア様は王都に戻り王太子殿下と結婚するつもりはありますか?」
「――ありません」
こればかりは即答した。すでに一度攻略した男と、なぜ再び結ばれなければならないのだろうか?
これが『真実の愛』ならば生まれ変わったり死に戻ったりしても同じ人と結ばれようとするはずだ。
でも、そういう気持ちには一切ならないのだから、私と殿下はそういう関係じゃないのでしょう。
……あとは。
50年も結婚生活をして。公私ともに協力し合って。固い絆で結ばれたと思っていたのに。死に戻ったらま~たアリスに騙されて私を追放してくれたからね王太子は。100年の恋ならぬ50年の情も冷めるというものでしょう。
「承知いたしました。シンシア様がそう望まれるのでしたら、我がライル子爵家はシンシア様にお味方いたします」
「しかし、そこまでしていただくわけにも」
「なに、シンシア様には大変お世話になっているとセバスからの手紙にはありましたからな。ならば兄として恩返しもしなければなりますまい」
「むしろ私がセバスに迷惑を掛けっぱなしだったのですが」
「ははは、ご謙遜を。……シンシア様には私や騎士、なにより領民の命を救っていただいた御恩があるのです。シンシア様のためなら国と斬り結ぶ覚悟の者もいることでしょう」
「いやいやいや」
あんな(ゲームでは)誰でも使えた死者蘇生でそこまでしてもらっても……。そもそも、いくら私が聖女でも、しょせんは赤の他人。私のために戦ってくれる人なんていないでしょう。
呆れるやら戸惑うやら。そんな私の反応に気づいていないのか領主様が「うむ」っと小さく頷いた。
「シンシア様は髪色が違っていましたからな。まず『公爵令嬢』と露見する心配はないでしょう。それにAランク冒険者の正体が公爵令嬢だとは誰も思わぬはずです」
「あ、はぁ……」
「念のため、シンシア様にはフェイスベールを付けていただくのもいいかもしれません。すでに流行遅れではありますが、『聖女様』には相応しいでしょう」
ここで言う『流行遅れ』というのは聖職者としてのものだと思う。貴族や一般人にフェイスベールを付ける文化はなかったはずだし。
フェイスベールを付ければ私の顔を知る者は限られるし、神秘性も増すし、無理やり顔を確認しようとする者は『無礼者』として遠ざけることもできる。
いいことばかりのように思えるけど。問題は領主様の中でどんどんと話が進んで行っていることか。
ちらり、と。意見を求めるために横目でリリーの姿を捕らえる。すると頭の中にリリーの声が響いてきた。念話と呼ばれるものだ。
(よろしいかと)
(あらそう?)
(えぇ。形はどうあれ子爵からの庇護を受けられるのです。シア様はもう『聖女』として名が知れてしまったのですから、子爵を味方に引き込んで火の粉を払ってもらう方がいいでしょう)
(なるほど)
(それに……シア様が『魔王』になったなら、不老不死なのでしょう? 顔も老いないのですから、それを隠せるフェイスベールは必須かと)
(……それもそうね)
10年くらいなら疑われないだろうけど、それ以上になるとさすがにね。変身魔法なら老いた姿も作れるとはいえ、ずっとそうしているのは面倒くさい。フェイスベールで隠せるなら隠してしまった方がいいでしょう。
(……私はてっきり、不老不死になったあとのそういうアレコレも考えているものとばかり)
(あははー、ポンコツって言いたいのかしらこの慇懃無礼メイドは?)
こやつにはいつかご主人様の偉大さを教え込まなければ。固く決意する私だった。




