閑話 魔族の男
「――何が起こっているのだ?」
自らの目で見たことが信じられず、男はそんな独り言を呟いてしまった。
順調だったはずだ。
魔王様からのご下命に従い、男は子爵家領の門番として2年もの月日を過ごしてきた。周囲からの信頼を得るためにはそのくらいの時間が必要だったのだ。
その裏で盗賊団と接触し、時には支援し、人間同士で削り合う下準備も整えてきた。
魔族の侵攻によって領地が滅びたとなれば、人間たちも団結して対処してくるだろう。
だが、盗賊の略奪となればそこまでの動きにはならないというのが魔王様のお考えだった。悪くても国から騎士団が派遣される程度で、複数国家による連合軍が結成されることはないと。
さらに言えば人間同士でつぶし合ってくれるなら魔族側の被害は抑えられる。
そうして子爵家領に橋頭堡を築いたあと、本格的な侵略の準備を整えるのだ。
何という深謀遠慮。魔王様に心酔した男が準備を整え、実行し、『門番』として盗賊団を領都の中に招き入れたまでは完璧だった。完璧に魔王様の策を実行できていたはずだった。
それが崩されたのは、一人の女が現れてから。
最初は腕の立つ冒険者だと邪魔に思う程度だった。瞬く間に10人20人と盗賊を切り伏せていく様は芸術的ですらあったが、問題はなかった。すでに領主は戦死し、領内の混乱は必至。あとは徐々に内側から食い破ればいいだけだったのだから。
それが崩れたのは、『奇跡』が実施されてから。
――死者蘇生。
そんなバカなと男は現実を信じることができなかった。死んだ者を蘇らせるなど、人間の教皇はもちろんのこと魔王様ですらできない奇跡なのだ。
しかも、集団に対しての一斉死者蘇生だ。
(伝説の『聖女』か……? これは魔王様にご報告しなければ)
そう判断した男は状況を操ることを止め、魔王城への移動を開始したのだった。




