あー
「聖女様。今宵の宿はお決まりでしょうか? よろしければ我が館に――」
領主様がそんな提案をしようとして。
「――領主様。お言葉ですが、今の館は客人を招待できるような状態じゃないっすぜ」
そんな意見をしたのは、先ほどやり取りしたばかりの冒険者ギルドマスター・デーニッツさん。彼は領主の館で籠城していたからね。館の現状を把握しているのでしょう。
逆に、最前線で戦っていた領主様は自分の館の状態を分かっていないと。
「む? 館にまで盗賊が攻め込んだか……。申し訳ありません聖女様。我が館に招待するのが筋でしょうが、今の館は荒れているようでして」
「いいえ、構いませんよ。野宿に比べれば屋根があるだけでありがたいですから」
「なんと! 聖女様とあろうお方が野宿まで! なるほど、巡礼の旅ではそのような事態もあるのですか……」
なんか知らないけど私の評価がグングンと上がっているわね? そうか聖女が地方にやって来るのは巡礼くらいしかないものね。普通に冒険者としての活動で野宿していただけなのだけど……。
わなわなと震える領主様に一つ確認を。
「領主様はセバス――いえ、セバスチャンという男性をご存じかしら? グラグベルク公爵家で執事長をやっているのだけど」
「セバスチャン……? たしかに我が弟が公爵家にお仕えしていますが……」
「実は彼が公爵家をクビになりまして。途中まで一緒にやって来たのですよ。今は危険ですので、少し離れた場所で待機してもらっています」
「なんと? あの真面目な男が解雇されるなど信じがたいですが……。それに、聖女様と同行していたとはどういうことなのですか?」
「――その辺りは、ここではお話しできないことですわ」
私が声を絞ると、領主様も小声で答えてくれた。
「なるほど、訳ありですか。ではセバスに迎えをやりましょう」
「いえ、私が迎えに行きますわ。転移魔法を使えばすぐですから」
「なんと、転移魔法まで使いこなすとは。死者蘇生まで扱えるのですから当然ですか……。承知いたしました。私は少しでも館を片づけておきましょう。領館の場所は分かるでしょうか?」
「えぇ、一度訪れましたので。そうしたら領主様自ら出陣したと聞きまして。驚きましたわ」
「いやお恥ずかしい。現状は騎士の数が足りないものでして……。それでは、また後ほど」
領主様が歩き去ったので、私もセバスがいる廃砦に戻りましょうか。
「あ、その前に」
ロイ君とシーナちゃんと合流しないとね。特にロイ君は初めての殺人(未遂)でずいぶんと思い詰めた様子だったし。
「……セイラちゃん。ロイ君たちは?」
「はい。ご遺体を広場へと運び入れ終えた段階で、休息してもらいました。ずいぶんと思い詰めた様子でしたから。おそらく今もそこに留まっているかと。……私は主の奇跡を目の当たりにして、いても立ってもいられずにこちらへと馳せ参じましたけど」
「へぇ。……その『主』という呼び方はどうにかならないかしら?」
「? 主は主でございましょう? あ、様を付けた方がよろしいでしょうか? 教会の者は皆、神をお呼びするときは『主』という言葉を使っていましたので」
主よ、主よ、みたいな感じか。じゃなくて。
「うーん、私は別に神様じゃないのだけど?」
「えぇ、存じております。まだ降臨されたと公にする時機ではないのですね? あるいは最後まで秘密にするべきものなのでしょうか?」
すごい、何一つあっていない……。
これはもうどこから説明するべきだろうと悩んでいると、リリーが意味深な顔をしながら私とセイラちゃんの間に立った。
「さすが、よくご理解いただけているようで」
「ではやはり!?」
おーい、火に油を注ぐなー。
「シア様は神に等しきお方。いいえ、神。ですがそれを知れては騒ぎになりますので、対外的には聖女とするのがいいでしょう」
「なるほど。やはりそういう感じでしたか」
「はい。ちなみにシア様くらいになると鑑定眼対策で自らの称号を弄ることも出来るのです」
「なんと! だからこそ今まで騒ぎにならなかったのですか!」
あー……。もういいや。セイラちゃんは言いふらさないみたいだし。むしろリリーはそれを狙ってセイラちゃんに乗ったとか? ……いや、素よね素。
よく考えれば探知魔法で探せばいいだけなので、ロイ君とシーナちゃんの居場所を検索。二人がいるところへと移動する。
「――シアさん! いえ、シア様!」
「すごいです! まさか神の奇跡である死者蘇生をこの目で見られるだなんて!」
キラッキラとした目でこちらに駆け寄ってくるロイ君とシーナちゃんだった。あらこれは心配要らないかしら? はじめての殺人未遂が死者蘇生の衝撃で上書きされちゃった系?
ま、フォローが要らないならそれはそれでいいか。
あと気になるのは『シア様』呼びか。なんだか先ほどより距離を感じるというか。いたいけな少年から様付けされると寂しいというか。
「別に今まで通り、様付けは要らないわよ?」
「え? でも……」
「それともロイ君は相手の能力によって態度を変えるの? 有能な人間は丁重に? 無能はぞんざいに?」
「む、それは……でもですね、死者蘇生をしちゃう聖女様に――あいたっ」
まだ遠慮しようとするロイ君の脇腹に肘鉄を食らわせるシーナちゃん。
「ウダウダとしつこい」
「う、ごめん……シアさんも、すみませんでした」
しゅーんとするロイ君だった。かわいい。じゃなくて。
「私たちはこれから一旦砦に戻って、セバスと合流。そのあと領主様の館に泊まろう思っているのよ」
領主様から誘われたのだから一泊くらいはしないとね。それにセバスが巻き込まれた状況を説明しなきゃいけないし。
「すごいです! 領主様の館に泊まれるだなんて! さすがシアさんですね!」
なんとも他人事なロイ君。こういう様子を見ると嗜虐心――じゃなくてイタズラ心が湧いてくるわよね。
「もちろんロイ君たちも泊まるのよ?」
「……え? なぜです?」
「あなたは神託を受けた『勇者』なのでしょう? 勇者が領都に立ち寄ったのに、街の安宿に泊まらせたと知ったら領主の名折れよ」
「そ、そんなものなのですか……!?」
無論、嘘である。
誰に報告するでもなく旅を続ける勇者が街にやって来たことなんて把握できるはずがないし。
ではなぜロイ君たちも領館に連れ込もうとしているかというと――『聖女』一人だけだと領主様の興味が私だけに集中してしまうけれど、『勇者』もいれば分散するからだ。むしろロイ君に面倒くさいアレコレは押しつけてしまえばいいのでは?
普通の人なら気が引けるだろうけどね。なにせ私は闇堕ち令嬢なのだ。この程度の悪事で心が痛むことはないわ。
「ぼ、僕も一緒じゃなきゃダメですか?」
潤んだ瞳でこちらを見上げてくるロイ君。少年とは思えないほどの可愛らしさ。破壊力。いやしかし、この程度で折れる悪役ではないのだ私は。
「勇者になったからには、これから王族や高位貴族ともやり取りをするようになるでしょう。まずは子爵家で慣れておいた方がいいわよ?」
「いや子爵様も平民からすれば偉いお人なのですけど……。でも、分かりました! シアさんも僕のことを考えて提案してくださっているんですものね!」
キラッキラ。
まるで疑いのないキラキラした目を向けられて浄化されそうになる私だった。面倒ごとを押しつけようとしただけなんですー……。




