閑話 ロイ
「シアさん!?」
ロイの言葉などおそらく聞こえなかっただろう。シアはもうすでに転移してしまったのだから。
盗賊に襲われた領都に向かったのだとロイは確信した。盗賊に対してあれだけの怒りを見せていたシアが、今まさに襲撃を受けている領都の人々を見捨てられるはずがないのだから。
そう、シアは領都に向かった。
ロイを置き去りにして。
……分かっている。自分程度では足手まといにしかならないことを。
シアは何人も盗賊を斬り捨てたのに、ロイは一人も倒すことができなかったのだから。もちろんシーナも、セイラもだ。
ロイたちだけでは何もできなかっただろう。盗賊を倒せず、地下牢の女性たちも救えなかった。断言できる。自分たちは無力で、誰一人救えなかったのだと。
なにが神託を受けた勇者だろうか?
自分は、本当に困っている人々を、一人も救えなかったではないか!
「……ロイ」
「ロイ様」
シーナとセイラが声を掛けてくる。振り返ったロイが見たものは、覚悟を決めた二人の顔。――二人とも、あの地下牢での惨状を目の当たりにして、これ以上の被害は許せなくなったのだろう。
盗賊の被害を食い止める方法は、一つしかない。
シアがずっと言っていたことだ。
――殺す。
盗賊を殺して、人々を救うしかない。
甘いことを言っていてはこちらがやられてしまう。
殺意にまみれた今の自分が『勇者』に相応しいのか。それはロイには分からない。
しかし、ここでシアに全てを任せてしまっては――二度と勇者を名乗れない。一生を臆病者として過ごすこととなる。そんな気がした。
「行こう」
ロイが誘い。シーナとセイラが頷いたところで、
「――シア様の気配が消えましたが?」
不意に背後から声を掛けられた。
「り、リリーさん!?」
「はい。リリーでございます」
相も変わらず無表情なメイドだ。銀髪であることも相まってお人形さんであるかのような。
「え、えーっと、あの女性たちは?」
「砦の中にベッドがありましたので、そこに寝かせてあります。私は体質上浄化を使えないので小汚いままですが、身体を休めることはできるでしょう」
「…………」
シアの気配がなくなったので無理やり意識を奪ったのでは? そんなことを考えるロイであった。
「それで? シア様は?」
「あ! そうでした!」
なるべく手短に状況を説明するロイ。説明が終わるのとほぼ同時、リリーは門に向かって歩き出した。
外に出たリリーはまず馬車に留まっていたセバスに事情を説明し、もう少し待っているようお願いした。
彼が渋々ながら了承したところで、今度は『護衛役』だったゴーレムに話しかける。
「同じくシア様に仕える者として、お願いがあります。大丈夫、シア様の命令を上書きするものではありません」
『――――』
ゴーレムに顔はないが、『話してみろ』と言っている。ロイはそんな風に感じられた。
「この馬車を守るついでに、あの砦に戻ってくる盗賊がいたら殲滅して欲しいのです。中にはまだ攫われた女性たちがいますので」
『――――』
小さく頷いたゴーレムは器用に馬の手綱を引き、砦の門前まで馬車を移動させた。ここに立っていれば『セバスと馬車を守る』ついでに砦へと戻ろうとする盗賊を倒せるということなのだろう。
「感謝を。あなた様の働きは私からもシア様にご報告させていただきます」
『――――』
さっさと行け、とばかりに腕を振るゴーレム。そんな彼(?)に見送られながらリリーはロイたちの方を見た。
「さて。私は転移魔法などという器用な真似はできません。長距離移動は霧になったりコウモリになったりして行いますので」
「霧……? コウモリ……?」
それではまるで吸血鬼みたいではないか? 疑問に思うロイだが、吸血鬼が日中出歩けるはずがないし、今はそれどころではない。
「分かりました! リリーさんは先に向かってください! 僕たちは走って追いかけますから!」
「……あなたたちは先ほどまで戦っていたでしょう? 休んでいただいても構いませんが」
「いえ! リリーさんやシアさんにばかり任せるわけにはいきません! ――僕たちもあの盗賊たちは許せないんです!」
「……左様でございますか。では、ロイ様。私の背中に捕まってください」
「え? あ、はい?」
いきなりの指示に戸惑うロイだが、言われたとおりにリリーの背中に抱きつき、『おんぶ』してもらう。
続いてリリーは右手でシーナを、左手でセイラを掴んだ。
そして――飛んだ。
一度の跳躍で森の木々より高くジャンプしたリリーは、そのまま空中を駆け抜ける。人間三人を荷物のように持ったまま。
「ぼ、僕たちは走って行きますけどぉおおぉおおおおっ!?」
あまりの揺れの酷さに、そんな泣き言を叫んでしまうロイだった。
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