閑話 リリーとセバス
冒険者稼業についてロイたちに詳細を説明するシンシア。その様子はどこか明るく感じられる。
……盗賊の恐ろしさについて語っていたときは深刻そうな顔をしていたが、それでも『王太子の婚約者である公爵令嬢』をやっていたときよりはかなりマシだった。
なにせあの頃のシンシアには人間としての感情が抜け落ちていたのだから。
全てが無駄だと分かっているかのような。
決められた指示に従って動いているだけのゴーレムであるかのような。
それに比べれば、今のシンシアはとても『楽しそう』だ。
おそらく本人は気づいていないし、たとえ指摘したところで否定するだろうが。
「――私は、お嬢様が悪に転じたのだと思っていた」
シンシアたちに聞こえないよう。リリーに対して小声で話しかけてきたのはセバスだ。同僚相手なので敬語は使っていない。元々彼は使用人を統括する立場なのだ。
あんな目に遭いながらも、それでもなおシンシアに対する情がその瞳には溢れている。
「セバス様。そういうのは最近『闇堕ち』というらしいですよ? 特に演劇などで広まっております」
「おぉ、そうか。若い人間は次々に新しい言葉を生み出すものだ。……私は、お嬢様が闇堕ちしたのだと思っていたのだ」
「可愛い可愛いお嬢様は、騎士を殺すような人間ではなかったと?」
リリーの発言には少しばかり批難の意図が込められていた。公爵家の令嬢として相応しかったシンシアと、今の『人殺し』のシンシアを比べるのかと。
そんなリリーを落ち着かせるようにセバスが両手を軽く挙げた。
「いや、お嬢様はお嬢様のままだろう。確かに過酷な境遇によって平気で人を殺すようになってしまったようだが――人としての心根は変わっておらん」
「……そうですね」
不老不死のために魔王になると言っているくせに。油断しきっている勇者を殺そうとせず、ああして成長の手助けすらしている。どうやら自分の中で色々な理屈をこねくり回しているようだが、一言で言えば『優しい』となってしまうだろう。
あるいは、『甘い』か。
もちろん、優しいだけではない。甘いだけでもない。矜持を傷つけられれば剣を抜くし、報復も少々過剰なこともある。
だが、それはあのような経験をしてきたのだから当然だろう。むしろあの程度で済んでいることが奇跡とすら言えた。
――誇り高き人間は、闇堕ちしても誇りを見失わないのだ。
どちらにせよ、シンシアの本質は変わっていない。
ならば、変わらず側にいるだけだ。リリーにしても、セバスにしても。




