シア
「なんと……なんという……神はお嬢様にどれだけの試練を与えれば……」
私の説明を聞いて大号泣するセバスだった。
「えーっと、我ながら突拍子もない話だと思うのだけど。信じたの?」
「無論でございます! お嬢様はこういうとき嘘をつくようなお方ではありませんから!」
それは私を買いかぶりすぎじゃない?
とは思うけど、実際真実を伝えたばかりなのでツッコミもできないのだった。
「ま、まぁ、納得してくれたならそれでいいわ。セバスは早く帰りなさい」
「いえ、それはできません。騎士に襲われたばかりのお嬢様を見捨てることはできませんし……私はもう、暇を出されましたので」
「公爵家をクビになったと?」
「はい。そして最後に、可愛がっていたお嬢様が殺される場面を見て行けと。旦那様――いえ、あの男は私がお嬢様を庇ったことに腹を立てたようで」
だからセバスが騎士に連行されていたと。私の殺害場面を見せるために。……え? あの父親、性格悪すぎない? 自分の娘を処分しようとした上、それを長年仕えてくれたセバスに見せようとするだなんて……。
私ってそんなゲスの血を引いてるのかぁとドン引きしていると、
「……お嬢様はどうするおつもりで?」
まるで保護者のような目で私を見るセバスだった。まぁ実質保護者よね。
さすがにこれから『魔王』を目指すとまでは説明するわけにはいかない。
「少なくとも、公爵家に戻るわけにはいかないわ。実の父から刺客を放たれたばかりなのだから。いつ殺されるか分かったものじゃないわ」
「――お嬢様の腕前であれば、あの男を殺すことも可能だと思われますが」
お? なんかセバスがらしくもない過激なことを? ……あんなことをされたのだから仕方ないか。
公爵家に戻って父を殺すという選択肢ももちろんある。以前の人生で私を殺した騎士たちは、元はと言えば父の命令でやって来たのだから。
でも、
「いくら怨敵といえども、この歳まで育てていただいた恩があるもの。それがたとえ金を出しただけだとしても、家のために利用するためだとしても、恩義は恩義。その恩で私は父の命を見逃しましょう」
「なんと……なんと気高くご立派な……」
再び大号泣するセバスだった。なんかこう調子が狂うわよね……。
「お嬢様、ぜひ我が実家へ。我が家は兄が継いでおりますが、お嬢様の事情を知れば匿ってもらえるでしょう」
「昨夜言っていた子爵家ね?」
「はい。お嬢様には手紙をお渡ししましたが、こうなれば私も同行して説明した方が早いでしょう」
「うーん……」
私が子爵家領をめざしていたのは、セバスからの善意に答えるため。とりあえず一回顔を出してセバスを安心させようとしただけだ。
しかしこうしてセバス本人がいるのだから、別に私が子爵家に行く理由はなくなる。
でも、ここでセバスと別れて、セバス一人で子爵家領に向かわせるというのは無しだ。老人一人で安心して旅ができるほどこの世界は優しくないのだから。
「じゃあ、子爵家まで一緒に行きましょうか」
「っ! ぜひ! こういう言い方もどうかと思いますが、兄は甘い人物ですのでお嬢様も温かく迎えてくだっさるでしょう」
このセバスから『甘い』って評価される人物……。もはや聖人君子なのでは?
しかしまさかリリーとの二人旅が三人旅になるなんてね。当初の予定とは狂ってしまったけれど……まぁ、明らかな失敗じゃないし別にいいか。
あ、そうだ。リリーといえば。
セバスに対する説明は当然リリーにも聞こえていたはず。本格的に死に戻りの話を聞かせたのは初めてだったのでどんな反応をするか――
ぷっくー、っと。
頬を膨らませるリリーだった。すごい、美少女ってそんな顔をしても美少女のままなんだ……。
「リリー? どうしたの?」
「お嬢様。リリーは不満を抱いております」
「え、えぇ。見れば分かるわよ?」
「お嬢様一の忠臣である私に! お教えいただけなかった死に戻りを! どうしてセバス様にはこうも簡単に! 開示してしまうのですか!」
「……日頃の行い?」
「っ!!!!??」
力なく地面に膝をつくリリーだった。なんか、ごめんなさい?
「……リリーは不満を抱いております」
「えぇ、さっき聞いたわよ?」
「ここはお嬢様から誠意を見せていただくしかないかと」
「自分の要求を通したいだけじゃない?」
「そもそも! セバス様と私は似通っているのです!」
「……謹厳実直にして無私無欲なセバスと、慇懃無礼の総本山であるリリーが、似通っている……?」
首をかしげるしかない私。そんな私の態度がリリーはご不満のようだ。
「私も! セバス様も! お嬢様を『お嬢様』とお呼びしているではないですか! 従者で! 呼び方も同じ! 似通っているのです! 追放された今、『お嬢様』という呼び方は私だけの特別になると思っていましたのに!」
「それ以外はまるで似ていないのだけど……」
よく分からないけど(無表情のまま)興奮するリリー。どうやら彼女にとって『お嬢様』という呼び方には本当に特別な意味が込められていたらしい。
「えーっと……じゃあ、さらに特別な呼び方をする?」
「!?」
「たとえば……『シア』とか」
シアとは冒険者としての名前だけど、本名である『シンシア』を知っているリリーからすれば『お嬢様を愛称で呼ぶ』ということになる。
「……なるほど、悪くありませんね。それはそれで呼ぶ人も多いですが……お嬢様から特別に許可をいただいた愛称というのは見逃せません」
いつも通りにクールな表情ながら浮かれているリリーだった。もしも尻尾があったらブンブンと振られているに違いない。
「では――シア様」
「うん」
「シア様」
「うん」
「……ふふふ、悪くありませんね……」
自らの頬を両手で押さえるリリーだった。珍しく顔が緩んでいるわね。効果は抜群だ。
そんな私たちのやり取りを、セバスは温かい目で見守っていた。




