復讐
私としても町中で復讐するのは避けたい。
というわけで宿を引き払い、街をあとにした私たちだった。もちろん変身魔法を解除して『金髪の貴族令嬢』に戻ってからね。
騎士たちがすぐに見つけられるよう徒歩で街道を進んでいると――門番たちから情報を得たのか、騎士たちが私たちを追いかけてきた。
騎乗二人と、馬車を操るのが一人。どうやら公爵家の騎士団用小型馬車にセバスを乗せているみたい。
まぁセバスはご老体だし、強行軍に同行させるにはそうするのが一番だろうけど……。そこまでしてセバスを連れてくる意味とは……?
ここからなら魔法で先制攻撃してもいいのだけど、それだとつまらないわよねぇと考えていると――騎士の一人が馬を下り、弓を構えた。
騎士の中でも腕の立つ者なら騎射(馬上射撃)ができるのだけど、あいつらの練度だとねぇ。性格が悪いから汚れ仕事を任せやすいってだけだし。
そんな雑魚に殺された過去の私は……まぁ、あのときはただの貴族令嬢だったのだからしょうがないわよね。
「まずはメイドを狙え! 護衛も兼ねているから抵抗されては面倒だ!」
おっと狙いを叫んでくれるとはバカ――いや、親切な。
弓が射られるとほぼ同時、反射的にリリーの前へ。
「――しっ」
空間収納から長剣を抜き、横に薙ぐ。
ささやかな手応え。
地面に落ちたのは折れ曲がった矢。
ここで矢を両断してしまうとどこに飛んでいくか分からないからね。わざと斬らず地面に叩きつけるという『技』なのだ。
……まぁ、正直、剣を振るまでもなく結界魔法で防御してしまえばいいのだけど。こういうときに剣を頼ってしまうのが私の悪い癖かもしれない。
「お嬢様に守られてしまいました。これは惚れてしまいますね」
無表情のままふざけるリリーだった。いや頬がほんの少しだけ赤く染まっているような? もしや、デレ? デレなの? それで? ……反射的に守っちゃった私が言うのも何だけど、あなたなら弓矢くらいどうにでもできるでしょうに。
「――おい! なんだあれは!? ほんとにお嬢様か!?」
叩き落とされた矢を見て慌てふためく騎士たち。
数で勝負することにしたのか二射目三射目と矢を放つけど、こちらに真っ直ぐ飛んでくる矢など集中するでもなく叩き落とせるのだ。魔法を使って軌道修正されるとちょっと手こずるけどね。
「化け物が!」
セバスの乗った馬車を切り離し、馬に乗った騎士三人がこちらに突撃してくる。
「処理いたしましょうか?」
リリーが問いかけてくるけれど、首を横に振る。
「私がやるわ」
「左様でございますか」
リリーが一歩下がったので遠慮なく剣を振ることができる。
まずは槍を構えた騎士が突っ込んできたけれど、その槍を半歩横に動いただけで回避し、すれ違いざまに首を落とす。
吹き出す鮮血。
主が死んだことに気づいていないのか、馬は首なし死体を載せたままどこかへ走って行った。
「――くそっ!」
「何なんだお前は!?」
まるで化け物を見るような目をしながら、騎士二人が同時に斬りかかってくる。
しかし、遅い。
二人の剣を踊るようなステップで回避しながら。一人目は足を切り落とし、二人目の背中を袈裟斬りにする。
二人目はそれが致命傷になったので、足を失って落馬した一人目にトドメを刺す。騎士なので盗賊よりは強かったけど、それでも雑魚でしかない――
≪――特殊条件達成まで、あと100人となりました≫
「え?」
急に頭の中に響いてきた声。リリーを振り返るけど、彼女は「どうしましたか?」と首をかしげているだけ。
「えーっと、リリー? 声が聞こえなかった?」
「声でございますか? 騎士共の断末魔ではなく?」
「いいえ、こう……頭の中に響くような感じで、≪特殊条件達成まで、あと100人となりました≫って」
「それは――神託なのでは? やはりお嬢様こそが聖女……」
神に祈るように手を組むリリーだった。騎士三人を斬り殺したばかりの私が聖女とは面白い冗談である。
何だったのだろうあの声は? 神託なんてものを私が受けられるはずもないので、あとの可能性は……。
…………。
……ゲームの音声とか?
原作ゲームでは攻略に重要なイベントをこなすと≪○○を達成しました≫という音声が流れて文章も表示されたし。
でも、もしそうだとしても≪特殊条件≫なんて原作ゲームにあったかしら……?
「――お嬢様?」
と、セバスが震えながら近づいて来た。どうやら馬車から脱出してここまで歩いてきたらしい。後ろ手に縛られているというのに無茶をする。
「あー……」
今の私。
血まみれのロングソードを片手に。
返り血を浴びて。
周囲には騎士たちの死体が。
うーん、これは言い逃れできないわね……。そもそも私が殺戮した場面も見ちゃっているでしょうし。
目撃者は消しちゃう?
いやいや、いくらなんでもセバスは殺したくない。というかもう公爵家には戻らないし、魔王になるのだから今さら悪名が広まったり指名手配されても問題はない。邪魔をするなら駆逐すればいいだけだ。
セバスに後ろを向いてもらい、まずは拘束していたロープを切断する。
そしてそのまま彼の背中を優しく押した。
「じゃあ、セバス。振り返らずに帰りなさい。そうすれば見逃してあげるわ」
私がそう警告すると、セバスは迷うような足取りで一歩二歩と進み――振り返った。
いや早い。振り向くのが早いわよセバス?
「――お嬢様。説明をしてくださらないでしょうか?」
「説明?」
「えぇ。お嬢様に剣の才能があることは存じておりましたが……ここまでとは」
「あー……」
13回目のやり直しでも、剣の腕が鈍らないよう最低限の鍛錬はしていたのよね。『女子供にしては筋がいい』程度に見えるよう気を使いながら。
もちろん、普通の貴族令嬢が剣を習えるはずがないので、王太子の婚約者になってから『いざというとき私が殿下をお守りするのです!』なぁんて健気なことを言いながらね。
セバスたちは剣の天才扱いしてくれたけど、それでも実戦経験のない貴族令嬢が騎士三人を返り討ちにできるはずがない。しかも瞬時に、無傷で。躊躇うことなく。セバスが疑問に思うのも当然と言えた。
「うーん……」
突如として剣と殺人の才能に目覚めたというのは無茶がある。お稽古事を続けているだけでは人を斬れるようにはならないし、そもそも普通の貴族令嬢はロングソードを持っていない。
神託を受けて準備していた、というのも言い訳としては厳しいかしら? 夢の内容を信じて鍛えるというのは中二病が過ぎる。
あー、もう、いっそのこと死に戻りを教えちゃいましょうか。信じようと信じまいと私は知らない。こっちは本当のことを伝えたのだから後腐れもなし。
……それに、私のことを心配してくれたセバスに嘘はつきたくなかった。
「実はね――」
とりあえず。私は『シンシア』としての一回目の人生から語り始めたのだった。




