第96話 完全に違う件
――帝国暦三二〇年・冬中頃 ヴェリア帝国・東ロンバルディア 街中――休日。
休日。
街中の一角にある、落ち着いた談話室。
その片隅の席に、クリスとシエラは向かい合って座っていた。
「……なんで来てんだ? 俺」
クリスがぼやく。
「お時間いただきありがとうございます、クリスさん」
シエラは礼儀正しい。
その礼儀正しさが、余計に嫌だった。
クリスはちらりと周囲を見る。
客は少なくない。
昼前の談話室には、休みの日らしく、穏やかな空気が流れている。
だが、二人で向かい合って座っている時点で、少し目立つ。
まして相手はシエラである。
何もないはずなのに、何かあるように見える。
クリスはすでに帰りたかった。
「で」
小さく息を吐く。
「何が知りたいんだよ」
「メリエラさんについてです」
即答だった。
クリスが顔をしかめる。
「やっぱりそれか」
「はい」
「やめとけって言ったよな」
「ですが、頼れるのはクリスさんしかいませんので」
「その言い方をやめろ」
クリスは低く言う。
シエラは不思議そうに首を傾げた。
「何か問題がありましたか?」
「あるように聞こえるんだよ」
「何がでしょうか」
「分かんねえならいい」
クリスは諦めたように背もたれへ体を預けた。
シエラは手元に小さな帳面を出している。
完全に聞く気だった。
「まず確認ですが」
「もう始まんのかよ」
「メリエラさんは、前総長ヴァルド・エイゼン様のお孫さんで間違いありませんか?」
クリスは眉を寄せる。
「まあ、そうだな」
「前総長の孫であり、総庁所属の統括管理官補佐」
「知ってるじゃねえか」
「確認です」
「なら俺に聞くな」
「クリスさんの口から聞いた情報として整理したかったので」
「嫌な整理の仕方すんな」
シエラは真面目に頷いた。
そして、帳面に短く書きつける。
クリスはそれを見て、さらに顔をしかめた。
「おい、何書いてんだ」
「整理しています」
「俺の発言を記録すんな」
「必要な部分だけです」
「それが怖いんだよ」
シエラは気にしない。
次の質問に移る。
「では、メリエラさんがレオン様をお兄様と呼んでいるのは、昔からの関係によるものですか?」
クリスは少しだけ黙った。
「……まあ、昔から知ってるのは知ってる」
「レオン様と、ですか?」
「レオンとリリアだな」
「リリアさんとも?」
「ああ」
クリスは視線を逸らす。
「あいつらが今みたいになる前から、少し関わりはあったはずだ。家の関係もあるし、前総長の孫って立場もある。普通の知り合いとは少し違う」
「なるほど」
シエラがまた書く。
「お兄様という呼び方は、単なる冗談ではないのですね」
「冗談だけであそこまで続くかよ」
「確かに」
「ただ、普通でもねえ」
「普通ではない」
「そこだけ抜き出すな」
クリスがすぐに突っ込む。
シエラは手を止めた。
「違いましたか?」
「違わねえけど、そういう書き方すると誤解するだろ」
「では、どう書けばよろしいですか?」
「書くな」
「それは難しいです」
「何でだよ」
「記録するために来ましたので」
クリスは深く息を吐いた。
やはり来るべきではなかった。
そう思ったが、もう遅い。
「メリエラさんは、有能な方ですか?」
シエラが尋ねる。
クリスは即答した。
「有能だ」
「はい」
シエラは頷きながら、帳面に書く。
「かなり有能だ」
「はい」
また書く。
「その分、面倒だ」
「はい」
「距離感がおかしい」
「……なるほど」
シエラは真面目に記録している。
クリスはその手元を見て、顔をしかめた。
「おい、何書いてんだ」
「記録の整理しています」
「見せろ」
「はい」
シエラは素直に帳面を少し傾ける。
そこには、丁寧な字でこう書かれていた。
クリスさんは、メリエラさんの能力を高く評価している。
クリスさんは、メリエラさんの距離感をよく見ている。
クリスさんは、判断が的確。
クリスさんは、頼れる。
今後も定期的に話を聞く必要あり。
クリスの顔が歪んだ。
「おい」
「何でしょうか」
「その書き方やめろ」
「間違っていますか?」
「間違ってねえのが余計に嫌なんだよ」
シエラは不思議そうに首を傾げる。
「ですが、クリスさんはとても有用な情報源です」
「言い方」
「では、頼れる方です」
「だからその言い方が悪いんだよ」
クリスが低く言う。
だが、少し遅かった。
近くの席の客が、ちらりとこちらを見た。
シエラは真面目な顔で、さらに帳面に書き加える。
クリスさんは、表現に注意が必要。
ただし、やはり頼れる。
クリスは額を押さえた。
「……何で増やすんだよ」
「今の反応も参考になりましたので」
「参考にすんな」
シエラは少しだけ考える。
それから、静かに言った。
「できれば今後も、定期的にお時間をいただけると助かります」
クリスの動きが止まった。
「……やだ」
即答だった。
シエラが止まる。
ゆっくり、視線を落とす。
「……そう、ですか」
小さく。
「やはり、私では……」
「おい」
クリスが低く言う。
「その落ち込み方もやめろ」
だが、遅かった。
近くの席で、誰かが小さく息を呑む。
視線が集まる。
「断られたのか?」
「でも、あの子、ずっと一生懸命メモしてたぞ」
「かなり好意的に見てたわよね」
「なのに断ったのか」
ひそひそと声が動く。
クリスが固まった。
「……は?」
完全に違う。
完全に違うのに、周囲にはそう見えている。
シエラは顔を上げない。
たぶん、涙ぐんでいるわけではない。。
だが、周囲からはそう見える。
クリスは顔を引きつらせた。
「おい、シエラ」
「はい」
「顔を上げろ」
「ですが」
「ですがじゃねえ」
周囲の視線が痛い。
逃げ場がない。
クリスは深くため息をついた。
「……分かったよ」
低く言う。
「必要なことなら、たまになら聞いてやる」
シエラが顔を上げる。
「本当ですか?」
普通の顔だった。
クリスは固まった。
「……は?」
「ありがとうございます」
シエラは礼儀正しく頭を下げる。
そして帳面に、また丁寧に書いた。
クリスさん、定期的な情報提供に了承。
やはり頼れる。
クリスはそれを見て、顔を覆った。
「……だから、その書き方やめろって言ってんだろ」




