第9話 何手先も読む
――帝国暦三二〇年・春初め 第七騎士団 訓練場――
三人の騎士が、同時に木剣を構えた。
全員、第七騎士団の中隊長クラスである。
個人としても十分に強い。
だが、相手はレオンハルト・ヴァイスだった。 十三歳で初めて合同剣技大会に出てから、二十歳になった今まで、一度も負けたことがない。
それは、この場にいる誰もが知っていることだった。
「三対一、か」
少し離れた場所で、クリスが呟く。
「レオン団長、さすがにこれは――」
「いい」
レオンが短く遮った。
構えは浅い。
力が入っていない。
それでも、油断しているようには見えなかった。
「来い」
一言。
次の瞬間、三人が同時に踏み込んだ。
正面。
右。
左後方。
逃げ場を潰す、訓練通りの動きだった。
速い。
無駄もない。
連携としては、ほとんど完璧だった。
(これなら)
誰もが、そう思った。
だが、レオンは下がらなかった。
視線だけが、わずかに動く。
一歩、前へ出る。
最も早く間合いに入った一人の懐へ、逆に踏み込んだ。
「っ」
打ち込まれる前に、木剣が腕を叩く。
一人目が崩れる。
同時に、背後から二人目の剣が迫った。
レオンは振り向かない。
木剣だけが、流れるように背後へ回る。
乾いた音。
二人目の剣が弾かれた。
最後の一人が、角度を変えて踏み込む。
だが、その時にはもう遅い。 動く前に、レオンの剣先が喉元で止まっていた。
「……終わり」
レオンは剣を下ろす。
数秒、誰も動かなかった。
「……なんだ、今の」
クリスが呟く。
誰も答えない。
答えられない。
エリシアは、わずかに目を細めていた。
(……また)
何度も見てきた。
レオンハルトの速さも、正確さも、判断の早さも。理解しているつもりだった。
けれど、見るたびに予測を少しだけ越えてくる。
慣れることができない。
慣れてはいけないのかもしれない。
「団長」
「なんだ」
「どこを見ているのですか」
レオンは少しだけ考えた。
「全部」
短い答えだった。
「足の向き。重心。視線。踏み込む順番」
淡々と続ける。
「三人とも、動く前に出てる」
理屈は分かる。
それを見れば、次の動きは読める。
頭では理解できる。
しかし。
(同じことはできない)
そこに、はっきりとした差がある。
エリシアは静かに目を伏せた。
見ている。
理解している。
それでも、同じ場所には立てない。
レオンは木剣を戻す。
「次」
何もなかったように言った。
訓練場にいた騎士たちは、互いに顔を見合わせる。誰もすぐには前に出ない。
すると、レオンが不思議そうに首を傾げた。
「三人で無理なら、四人でもいいぞ」
その一言で、空気が止まった。
「いや、そういう問題じゃねえんだよ」
クリスが頭を抱える。
エリシアも、心の中で同意した。
これは、ただの先読みではない。
もっと前だ。
相手が動く前に、勝負の形が決まっている。その場にいた全員が、改めて理解した。
レオンハルト・ヴァイスは、何手先も読んでいる。
そして本人だけが、それを普通だと思っていた。




