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終わらない仕事の始まり(改訂版)

 ――帝国暦三二〇年・春初め

 東ロンバルディア帝国騎士団領

 第七騎士団 執務室――


「団長」

 朝一番の声が、いつもより少し硬い。

「嫌な予感がする」

「的中しています」


 机の上に、書類の束が置かれる。

 見たことのない量だった。

「……増えてないか」

「増えています」


「なお」

 エリシアが淡々と続ける。

「こちらは第二騎士団の書類の半分です」

 嫌な予感が、確信に変わる。

「残りは第二騎士団庁で処理されています」


「……は??」

「第二騎士団長が負傷しました」

 さらに追い打ち。

「指揮が取れません、このまま引退の可能性もあります。」


「代行は」

「通常であれば副団長ですが」

「ですが?」

 迷いなく。

「レオンハルト・ヴァイス団長」

 フルネーム。

「第七騎士団長に加え、第二騎士団長職の兼任を命じられています」


「……は?」

「期間は未定」

「拒否権は」

「ありません」

「だろうな」

 椅子にもたれる。


(逃げたい)

 率直な感想だった。

「団長」

「なんだ」

「第二騎士団は運用が異なります」


「知ってる」

「適応が必要です」

「したくない」

「していただきます」

 逃げ場がない。


 その日から、時間の流れが変わった。

 朝は早くなり、夜は消えた。

「第二騎士団、集合!」

 空気が違う。

(……めんどくさいな)

 正直な感想。


「細かいことは任せる」

 副団長を見る。

「判断は現場で」

「……よろしいのですか」

「いい」


 数日後。

「団長、第二騎士団の統率が向上しています」

「は?」

「判断速度が上がり、士気も安定しています」

「なんで」

「団長の方針です」

(違う)

 ただ面倒だっただけだ。


「第七騎士団も効率が上がっています」

「なんでだよ」

「権限委譲による負担軽減です」

「偶然だ」

「結果です」

 納得できない。


 夜の執務室。

 灯りが落ちない。

「……終わらないな」

「全く終わりません」

 エリシアは手を止めない。

「お前、寝てるか」

「最低限は」

「最低限ってなんだ」

「最低限です」

 横目で見る。

(……平気なわけがない)


「団長」

「なんだ」

「こちらを」

 書類が渡される。

 重い、主に気持ちが。

 目を通す。

(……わからん)


「エリシア」

「はい」

「これ、どう思う」

 一瞬だけの間。

「……意見を述べてもよろしいですか」

「頼む」


 簡潔。

 無駄がない。

「これでいけます」

「そうか」

 そのまま採用する。


 翌日。

「団長の迅速な判断により――」

「やめろ」

 報告を止める。

「ただの丸投げだ」

「違います」

 即座に否定。


「適切な判断でした」

 迷いがない。

(……違うんだよな)

 ただ、楽をしたかっただけだ。


 でも結果は出ている。

「団長」

「なんだ」

「本日の予定ですが」

「増えてるだろ」

「増えています」

「……なんで」

「評価が上がったためです」

「最悪だな」

 本音だった。


 外はもう夜だ。

「なあ」

「なんでしょうか?」

「これ、いつ終わる」


「終わりません」

「……逃げたい」

「知っています」

 紙をめくる音だけが響く。


「でも」

 エリシアは止まらない。

「よく回っています」

「……だろうな」

「団長の判断です」

「違うって」

 否定する。


 それでも、ほんの一瞬。

「……悪くないかもしれない」

 こぼれる。

「なんでもない」

 すぐに打ち消す。


 エリシアの手が、わずかに止まる。

 それでも、何も言わない。

 夜は続く。

 仕事は終わらない。

 評価は上がる。

 逃げ場は消える。


 それでもほんのわずかに、この場所に、“居場所”のようなものが見え始めていた。

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