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やめたい騎士団長は、なぜか昇進し続ける  作者: サザルト
第1章 騎士団長編
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第10話 終わらない仕事の始まり

 ――帝国暦三二〇年・春初め東ロンバルディア帝国騎士団領第七騎士団 執務室――


「団長」


 朝一番のエリシアの声が、いつもより少し硬かった。


「嫌な予感がする」


「的中しています」


 机の上に、書類の束が置かれた。

 見たことのない量だった。


「……増えてないか?」


「増えています」


「だよな」


「なお」


 エリシアは淡々と続ける。


「こちらは、第二騎士団の書類の半分です」


 嫌な予感が、確信に変わった。


「半分?」


「残りは、第二騎士団庁で処理されています」


「……は?」


「第二騎士団長が負傷しました。しばらく指揮が取れません」


 レオンは黙った。


 聞きたくない続きが、もう見えている。


「代行は」


「通常であれば副団長ですが」


「ですが?」


「レオンハルト・ヴァイス団長」


 フルネームだった。


 嫌な時の呼び方である。


「第七騎士団長に加え、第二騎士団長職の兼任を命じられています」


「……は?」


「期間は未定です」


「拒否権は」


「ありません」


「だろうな」


 レオンは椅子にもたれた。


(逃げたい)


 率直な感想だった。


「団長」


「なんだ?」


「第二騎士団は、第七騎士団とは運用が異なります」


「知ってる」


「適応が必要です」


「したくない」


「していただきます」


 逃げ場がない。


 その日から、時間の流れが変わった。

 朝は早くなり、夜は短くなった。


 第二騎士団の訓練場に立つと、空気からして違っていた。


 人数も多い。

 動き方も違う。

 報告の上げ方も違う。


(……めんどくさいな)


 正直な感想だった。


「細かい判断は現場に任せる」


 レオンは第二騎士団の副団長を見る。


「必要なものだけ俺に上げろ。現場で決められることまで持ってくるな」


「……よろしいのですか」


「その方が早い」


 本当は、全部見るのが面倒だっただけである。


 だが、数日後。


「団長」


「なんだ」


「第二騎士団の統率が向上しています」


「は?」


 エリシアが報告書を読み上げる。


「現場判断の速度が上がり、指示待ちが減っています。士気も安定傾向です」


「なんで」


「団長の方針です」


(違う)


 ただ、面倒だっただけだ。


「第七騎士団の方も効率が上がっています」


「なんでだよ」


「第二騎士団対応に伴い、一部権限を中隊長へ移したためです。結果として処理が早くなっています」


「偶然だ」


「結果です」


 納得できない。


 夜の執務室。


 灯りは、まだ落ちない。


「……終わらないな」


「全く終わりません」


 エリシアは手を止めずに答えた。


 机の上には、第七騎士団と第二騎士団の書類が並んでいる。


 見たくない光景だった。


「お前、寝てるか」


「最低限は」


「最低限ってなんだ」


「最低限です」


 レオンは横目でエリシアを見る。


 姿勢は崩れていない。


 声もいつも通り。


 だが、平気なわけがない。


「エリシア」


「はい」


「無理はするなよ」


「団長に言われるとは思いませんでした」


「俺は逃げたいだけだ」


「存じております」


 即答だった。

 反論できない。


「団長、こちらを」


 書類が渡される。


 重い。


 主に気持ちが。


 レオンは目を通した。


(……わからん)


 第二騎士団の内部事情が絡んでいる。

 判断を間違えれば、余計に揉めるだろう。


「エリシア」


「はい」


「これ、どう思う」


 一瞬だけ、エリシアの手が止まった。


「……意見を述べてもよろしいですか」


「頼む」


 エリシアの説明は簡潔だった。


 無駄がない。

 問題点。


 必要な確認。

 通すべき判断。


 すべてが順に整理されていく。


「これでいけます」


「そうか」


 レオンはそのまま採用した。


 翌日。


「団長の迅速な判断により――」


「やめろ」


 報告を途中で止めた。


「ただの丸投げだ」


「違います」


 エリシアは即座に否定した。


「適切な判断でした」


「違うんだよな」


「結果が出ています」


「結果で殴るな」


 ただ、楽をしたかっただけだ。

 なのに結果は出ている。


 そして、結果が出るとどうなるか。


「団長」


「なんだ」


「本日の予定ですが」


「増えてるだろ」


「増えています」


「……なんで」


「評価が上がったためです」


「最悪だな」


 本音だった。


 外はもう夜だ。


 執務室の窓には、灯りだけが映っている。


「なあ」


「なんでしょう」


「これ、いつ終わる」


 エリシアは書類をめくった。


 そして、いつも通りの声で答える。


「終わりません」


「……逃げたい」


「知っています」


 紙をめくる音だけが響く。


「ですが」


 エリシアは手を止めない。


「よく回っています」


「……だろうな」


「団長の判断です」


「違うって」


 否定する。


 それでも、ほんの一瞬だけ。


「……悪くないかもしれない」


 言葉がこぼれた。


 レオンはすぐに顔をしかめる。


「なんでもない」


 エリシアの手が、わずかに止まった。

 けれど、何も言わない。


 夜は続く。


 仕事は終わらない。

 評価は上がる。

 逃げ場は消える。


 それでもほんのわずかに。


 レオンは、この終わらない仕事の中に、自分の居場所のようなものを見つけ始めていた。


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