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やめたい騎士団長は、なぜか昇進し続ける  作者: サザルト
第1章 騎士団長編
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第82話 休日が重なる理由――団長の配慮が重すぎる件

 ――帝国暦三二〇年・冬初め ヴェリア帝国 東ロンバルディア騎士団領 第七騎士団 本庁・中隊長室――朝。


 朝の確認は、いつも通りに始まるはずだった。


 中隊長室には、各中隊の予定表が集められている。


 巡回。

 訓練。


 警備。

 外部対応。


 休憩の割り振り。


 中隊長は、自分の隊の動きを確認し、必要があれば調整を入れる。全員分の予定が大広間に張り出されるわけではない。


 それぞれの責任者が、自分の隊に関わる範囲を管理する。クリスも、すでに自分の中隊の予定を組んで提出していた。


 それで終わりのはずだった。


「クリス中隊長」


 低く、落ち着いた声がした。


 ノイン・ヴァルツェン副団長だった。


 第七騎士団副団長。


 規律を重んじ、私情を交えず、必要なことだけを正確に伝える男である。


 クリスも、ノイン副団長の前では自然と姿勢を正す。


「はい、ノイン副団長」


 ノイン副団長は、一枚の予定表を差し出した。


「本日以降の勤務予定だ。確認しておけ」


「勤務予定、ですか?」


「変更が入っている」


 クリスは紙を受け取り、目を落とした。


 そして、眉を寄せる。


「……これは」


 外部確認。

 街中確認。


 連絡調整。

 休憩時間。


 さらに、次の休日。


 自分が提出した中隊予定から、かなり変わっている。


 隊全体に支障が出ないようにはなっている。


 だが、クリス自身の予定だけが、明らかに別の意図で組み替えられていた。


「ノイン副団長」


「何だ?」


「これは、どなたの判断でしょうか」


「ヴァイス団長閣下からの命令だ」


「団長閣下から、ですか」


「そうだ。決裁済みである」


 ノイン副団長の声は変わらない。


 事務的で、正確だった。


「俺が提出した中隊予定は」


「確認済みだ。お前が抜けても支障が出ない範囲に調整されている」


「……承知しました」


 クリスは予定表を握る。


「団長室で確認してもよろしいですか」


「必要なら確認しろ。ただし、口の利き方には気をつけろ」


「はい」


 クリスは一礼し、中隊長室を出た。


 廊下に出た瞬間、表情が変わる。


「……勝手にいじりやがって」


 小さく呟き、団長室へ向かった。


 ■第七騎士団 本庁・団長室


「レオン」


 団長室に入るなり、クリスは予定表を机に置いた。


 レオンは顔を上げる。

 なぜか、最初から少しニコニコしていた。


「来たか」


「来たか、じゃねえよ」


 クリスは予定表を指差した。


「なんだこれ。俺が出した中隊予定、勝手に変わってんだけど」


「調整した」


 レオンは当然のように言った。


「調整した、じゃねえんだよ。俺、中隊長だぞ。隊の予定を組んで出したんだぞ」


「支障が出ない範囲にしてある」


「そういう問題じゃねえ」


 クリスは眉間を押さえた。


「なんで俺だけ外部確認だの街中確認だの、妙な入り方してんだよ」


「シエラと合わせた」


「……は?」


 クリスの動きが止まる。


 レオンは、どこか得意げに頷いた。


 まだニコニコしている。


「その方が都合がいいだろう」


「誰のだよ」


「お前たちのだ」


「何を分かった顔してんだ、お前」


 レオンは真顔だった。


 いや、真顔に近いが、口元は少し緩んでいた。 


 善意しかなかった。

 それが一番厄介だった。


「休みも合わせておいた」


「そこが一番余計なんだよ!」


 その時、団長室の端で紙の音がした。


 クリスが振り返る。


 シエラが、自分の予定表を手に立っていた。


「……お前もか?」


「はい。私にも変更通知が届いています」


 シエラは淡々と予定表を広げる。


 表情は変わらない。


 怒ってもいない。

 驚いてもいない。


 ただ、確認作業をしている顔だった。


 クリスは嫌な予感しかしない顔で、自分の予定表を横に並べた。


 外部確認。

 街中確認。


 連絡調整。

 休憩時間。


 そして、休日。


 ほぼ一致していた。


「……ほぼ全部じゃねえか」


「一致率は非常に高いです」


「冷静に言うな」


「団長閣下による意図的な調整と見てよいかと」


「見てよいかと、じゃねえ」


 レオンは満足げに頷く。


「合わせておいた」


「だからドヤ顔で言うな!」


 シエラは無反応だった。


 予定表を見ている。


 それ以上でも、それ以下でもない。


 そこへ、扉の近くから明るい声がした。


「お休みも一緒なのですか?」


 リリアだった。


 いつの間にか顔を出している。


 目を輝かせていた。


「よかったですね!」


「よくねえよ」


 クリスは即答した。


 だが、リリアは嬉しそうに両手を合わせている。


「でも、お兄様が合わせてくださったのですよね」


「ああ」


 レオンはまだニコニコしていた。


「その方が都合がいいと思ってな」


「お前、ずっとその顔やめろ」


「何がだ」


「満足そうな顔だよ」


 レオンは少し考えた。


 そして、また頷く。


「うまく調整できたからな」


「そこを満足するな!」


 その横で、エリシアが静かに予定表を見た。表情は大きく変わらない。


 ただ、ほんの少しだけ眉が動いた。


「団長」


「何だ」


「これは少々、公私の境が曖昧に見えます」


「そうか?」


「はい」


 エリシアは淡々と続ける。


「クリスさんを優遇しすぎです。加えて、シエラさんも同時に優遇しているように見えます」


 シエラは無反応だった。


 否定もしない。

 肯定もしない。


 ただ、自分の予定表を見ている。


 クリスはエリシアを見た。


「ほら見ろ。エリシアも言ってるだろ」


 レオンは、まだ笑っていた。


「いいんだ」


「よくねえよ」


「いいんだ、いいんだ」


「二回言えば通ると思うな」


 エリシアは少しだけ不満げに目を伏せた。


「……業務上の支障がない範囲であることは確認できます」


「なら問題ないな」


「問題がないとは申し上げていません」


「でも支障はない」


「支障がないことと、適切であることは別です」


 レオンは頷いた。


 そして、やはりニコニコしていた。


「それでも、今回はこれでいい」


 エリシアは小さく息を吐く。


「……承知しました」


 承知した声ではあった。


 納得した声ではなかった。


 リリアは、そんな空気をまったく悪く受け取っていない。


「クリスさんとシエラさんが一緒にお休みなら、お出かけもできますね」


「出かけるとは言ってない」


「そうなのですか?」


「そうです」


 クリスは必死だった。


 だが、シエラが予定表から顔を上げずに言う。


「休日が重なっていることは事実です」


「今それを言うな」


「事実確認です」


「事実の出し方を考えろ」


 リリアはさらに嬉しそうになった。


「やはり、よかったですね」


「よくねえ……」


 クリスの声は弱かった。


 その声は、団長室の外まで少しだけ漏れていた。


 廊下を通りかかった騎士たちが、足を止める。


「……休みが一緒?」


「団長閣下が合わせた?」


「クリスとシエラが?」


「なるほど……」


「なるほどじゃねえ!」


 クリスの声が、廊下に響いた。


 今回は、公開された勤務表があるわけではない。


 全員が同じ予定を見たわけでもない。


 だが、クリス本人が予定表を持って団長室に乗り込んだ。


 レオンが、シエラと合わせたと言った。


 休みまで合わせた。


 シエラの予定表と見比べたら、実際にほぼ同じだった。


 リリアがそれを嬉しそうに聞いていた。


 エリシアは不適切だと受け取ったが、レオンは最後までニコニコしていた。


 それだけで、噂が広がるには十分だった。


「おめでたいですね!」


 リリアが、純粋に笑う。


 悪意がない。


 打算もない。


 ただ祝っているだけ。


 だから、誰も正面から止められない。


 クリスは頭を抱えた。


「俺の中隊予定、勝手にいじられただけなんだけどな……」


 シエラは、そこでようやく手帳を開いた。


「クリスさんは、予定変更および周囲の誤認に対して強い疲労を示す」


「だから書くな!」


「記録します」


「もう好きにしろ……」


 その日から。


 第七騎士団の予定調整と噂は。


 ほんの少しだけ――。


 意図の分からない形で整い始めた。


 そして、次の休日。


 クリスとシエラの予定だけが。


 なぜか、異様にきれいに重なっていた。

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