固まり始めるもの――気づいたら既成事実になっていた件
――帝国暦三二〇年・冬初め 東ロンバルディア帝国騎士団領 第七騎士団 本庁――朝。
空気は冷たい。
だが――
静かではなかった。
■大広間
ひそひそとした声。
だが、数が多い。
「聞いたか?」
「もう日取り決めてるらしいぞ」
「団長が調整したって」
止まらない。
むしろ、増えている。
ダリオ副官が額を押さえる。
「……なんでだよ」
昨日より悪化していた。
ミナが小さく頷く。
「……やっぱりそうなんだ」
確信している。
もう疑っていない。
■当人たち
クリスとシエラ。
並んでいる。
「……増えてるな」
クリスが言う。
「はい」
シエラが答える。
「拡散しています」
事実だった。
「止めるか?」
クリスが言う。
シエラは少しだけ考える。
「必要です」
頷く。
そして、前を見る。
■リリア
そこにいる。
いつも通り。
柔らかく笑っている。
楽しそうに。
「クリス様」
声をかける。
自然に。
まっすぐに。
「式のお話、順調そうでよかったです」
完全に信じている。
クリスが固まる。
「いや――」
言いかける。
そのとき。
リリアの目が、きらきらと輝く。
嬉しそうに。
本当に、嬉しそうに。
言葉が止まる。
「……」
一瞬の沈黙。
「……ああ」
否定できなかった。
シエラが横に立つ。
一歩前に出る。
「リリア様」
静かに呼ぶ。
「私たちは――」
言おうとする。
そのとき。
リリアがこちらを見る。
まっすぐに。
嬉しそうに。
期待するように。
言葉が止まる。
シエラは結論を出す。
「……現時点では、未定です」
修正した。
否定ではない形で。
■さらに悪化
「未定だってよ」
「じゃあこれからか」
「楽しみだな」
広がる。
より具体的に。
勝手に進んでいく。
ダリオ副官が呟く。
「止める気あるのかあいつら」
クリスがぼそりと返す。
「今やろうとした」
だが……できなかった。
■リリア②
リリアが少しだけ顔を曇らせる。
「……もしかして」
「ご迷惑でしたか?」
小さく。
不安そうに。
その目が、わずかに潤む。
クリスが反応する。
「違う!」
強めに言う。
反射的に。
リリアが少しだけ安心する。
「……よかった」
笑う。
その瞬間。
すべてが終わった。
もう否定できなかった。
■エリシア副官
少し離れた場所。
全て見ている。
目を細める。
(……無理ですね)
結論。
口には出さない。
■レオン
腕を組んでいる。
様子を見る。
「順調だな」
満足げに言う。
誰も否定しない。
■執務室
ダリオ副官が空を仰ぐ。
「……もういいんじゃねえか」
小さく言う。
クリスが即答する。
「よくねえよ」
だが。
声に力はなかった。
その日。
第七騎士団では。
事実ではないものが、事実として扱われ始めた。
誰も止めなかった。
止められなかった。




