書記官とのデートの件
――帝国暦三二〇年・秋終盤
東ロンバルディア帝国騎士団領
第七騎士団 本庁・廊下――昼。
少しだけ、手が空いた時間。
「で、なんで俺なんだ?」
クリスが言う。
「他に適任が見当たりませんでした」
シエラが淡々と返す。
――第十騎士団書記官、シエラ。
「適任ってなんだよ」
「情報整理能力、対話能力、機密保持能力」
「総合的に判断しました」
「いやデートだろ」
クリスがため息をつく。
シエラはわずかに首を傾げる。
「……業務外活動と認識しています」
「言い方」
だが。
「行くだけだろ」
「はい」
それで決まった。
■廊下(別ルート)
「聞いたか」
親衛隊員の小声。
「書記官とデートらしい」
「誰だ」
「……あの書記官だろ」
短い間の沈黙。
「姫様か?」
結論が出る。
「確認する」
それだけで動き出す。
■執務室
「……デート?」
リリアが首を傾げる。
エリシア副官の手が止まる。
「誰がですか」
「クリス様が」
「書記官と…」
(書記官)
(……リリア)
自然な結論。
リリアがぱっと顔を明るくする。
「……おめでたいですね!」
純粋に、嬉しそうに。
エリシア副官は一瞬だけ言葉を失う。
「……そうですね」
静かに頷く。
ほんの少しだけ、間を置いて。
「準備を」
「はい?」
「祝意を示す準備をします」
決定事項だった。
■街中
クリスとシエラ。
並んで歩く。
「……普通だな」
クリスが言う。
「何をもって普通と定義しますか」
「今のこれ」
「承知しました」
淡々。
そのとき。
後ろから足音。
親衛隊が。
距離を詰める。
クリスが振り返る。
「……なんで来てんだあれ」
シエラも振り返る。
親衛隊員たちの視線が――
止まる。
一斉に。
シエラを見て。
「……失礼した」
隊員の一人が言う。
全員、揃って一礼。
そのまま引き上げていく。
「……何?」
クリスが呟く。
「誤認の修正が行われたものと思われます」
シエラは淡々と言う。
「いやなんの誤認だよ。」
答えは出ない。
■本庁・執務室
夕方。
扉が開く。
クリスとシエラが戻る。
「戻りました」
シエラが言う。
その瞬間。
空気が止まる。
机の上。
花。
菓子。
整えられた配置。
そして――
リリアが一歩前に出る。
両手で大きな花束を持っている。
丁寧に。
まっすぐに。
「……おめでとうございます」
柔らかく言って。
シエラに差し出す。
シエラは、ほんの一瞬だけ考える。
そして。
受け取る。
「……ありがとうございます」
自然に返す。
それが一番、混乱を生まなかった。
クリスは横で固まっている。
そのとき。
「戻ったか」
レオンが入ってくる。
状況を見る。
そして。
「……そうか」
頷く。
納得した顔で。
「おめでとう」
短く言う。
完全に確信している声で。
「は?」
クリスが固まる。
だが。
リリアがさらに嬉しそうに笑う。
「はい!」
元気よく返事をする。
少しだけ身を乗り出して。
「……式は、いつ頃のご予定ですか?」
純粋な目で聞く。
クリスの思考が止まる。
シエラは、わずかに間を置く。
「現時点では未定です」
淡々と答える。
花束を持ったまま。
「そ、そうか……」
クリスがかろうじて返す。
そのとき。
レオンが腕を組む。
どこか満足げに。
「なら、調整しておく」
一同が見る。
「二人の休日が重なるようにしておく」
「その方が都合がいいだろう」
ドヤ顔だった。
完全に、分かっているつもりの顔で。
エリシア副官が、何か言おうとして――
やめる。
一瞬だけ、視線が揺れる。
(……もう、引き返せませんね)
判断。
クリスは横を見る。
シエラ。
目が合う。
無言の確認。
(……どうする?)
(……現状維持が最適です)
結論。
クリスは、ゆっくりと息を吐く。
「……ああ」
否定しなかった。
リリアは嬉しそうに頷く。
レオンは満足げに頷く。
エリシア副官は静かに書類へ戻る。
その日の第七騎士団は。
少しだけ。
妙な空気のまま、回り続けた。
理由は、誰も口にしなかった。




