それでも連れていくか
――帝国暦三二〇年・秋終盤
東ロンバルディア帝国騎士団領
第七騎士団 本庁・応接室――昼。
空気は、整っている。
だが――静かに張っていた。
向かい合う二人。
イリスと、帝国中央より派遣された監察官グラウス。
「報告は受けております」
淡々とした声。
「第七騎士団」
「興味深い」
評価。
だが、温度はない。
「特に」
グラウスが続ける。
「団長レオンハルト・ヴァイス」
「候補としては、申し分ない」
空気が、わずかに変わる。
「……候補、ですか」
イリスが静かに返す。
「ええ」
即答する。
「帝国貴族として迎えるに足る人材です」
断定。
「あなたの任務も、それでしょう」
視線が向けられる。
イリスは、わずかに目を伏せる。
「……はい」
否定しない。
「では」
グラウスが言う。
「なぜ、動かないのですか」
鋭い問い。
イリスは顔を上げる。
「現状の方が……」」
「価値が高いと判断しました」
静かに言う。
グラウスの目が細くなる。
「個人の判断で、任務を修正するのですか」
「はい……」
「……なるほど」
わずかに口元が動く。
「ですが」
すこしの沈黙。
「それは帝国の判断ではない」
重く、置く。
イリスは黙る。
分かっている。
その意味を。
グラウスは続ける。
「優秀な人材は」
「外に出すべきです」
「閉じていては、意味がない」
正論。
「……一つ、伺ってもよろしいでしょうか」
イリスが言う。
グラウスは頷く。
「どうぞ」
「仮に……」
「取り込んだ場合」
静かに続ける。
「レオンは、どう扱われるのですか?」
空気が、わずかに変わる。
グラウスは少しだけ考える。
そして。
「適切な地位に就きます」
曖昧な答え。
イリスは視線を外さない。
「具体的には」
踏み込む。
グラウスは、ほんのわずかに息を吐く。
「中央での任務」
「あるいは別領への配置」
淡々と。
「いずれにせよ」
「現在の立場には戻りません」
はっきりと言う。
それが、答えだった。
イリスは、ほんの一瞬だけ目を伏せる。
(……そういうこと)
理解する。
個ではなく。
駒として動かされる。
グラウスが言う。
「それでも」
「連れていかないのですか?」
静かに。
だが、逃げ場なく。
問う。
空気が止まる。
イリスは目を閉じる。
一瞬だけ、開く。
「……はい」
短く。
それだけ。
言い切る。
グラウスは椅子に背を預ける。
「承知しました」
あっさりと。
だが。
「記録には残します」
「あなたの判断として」
重く、残る。
イリスは頷く。
「構いません」
静かに受け入れる。
グラウスは立ち上がる。
「興味深い」
もう一度言う。
そして。
「結果が楽しみです」
それだけ残して、去る。
扉が閉まる。
静寂。
イリスは一人になる。
ゆっくりと息を吐く。
(……選んだ)
自分で。
はっきりと。
そのとき。
「イリス様ー!」
リリアの声。
変わらない。
いつもの声。
イリスは、ほんの少しだけ笑った。
「……はい」
小さく返す。
そして、立ち上がる。
足取りは、迷っていなかった。




