貴族でない誇り
――帝国暦三二〇年・秋終盤
東ロンバルディア帝国騎士団領
第七騎士団 本庁・屋上――夕暮れ。
空がゆっくりと色を変えていく。
街が見える。
騎士団領。
静かに広がっている。
イリスは手すりに触れていた。
風が髪を揺らす。
「……綺麗ですね」
ぽつりと、呟く。
後ろから足音。
レオン。
「また、呼んだか?」
「いえ」
振り返らずに答える。
「ただ、少し話を」
レオンは隣に立つ。
同じ景色を見る。
「帝都では」
イリスが静かに言う。
「“貴族になること”は、当然とされています」
淡々と。
「上に上がることが正しい」
「力を持つことに意味がある」
風が抜ける。
「……ここは違うな」
レオンが言う。
「ええ」
イリスは頷く。
「最初は、分かりませんでした」
正直に言う。
「なぜ望まないのか」
「なぜ外に出ないのか」
少しだけ、間がある。
「今は、少し分かります」
静かに。
レオンは何も言わない。
ただ聞く。
「ここでは」
イリスが続ける。
「与えられるものではなく」
「自分たちで守っている」
「形ではなく」
「在り方を」
言葉を選びながら。
ゆっくりと。
「だから」
視線は街のまま。
「貴族でないことが」
「誇りになるのですね」
静かに言う。
風が止まる。
わずかな沈黙。
レオンは、小さく息を吐く。
「……大げさだな」
短く返す。
だが、否定はしない。
イリスは、ほんの少しだけ微笑む。
「そうかもしれません」
「ですが」
続ける。
「私は、それを美しいと思いました」
はっきりと言い切る。
レオンは視線を外さない。
街を見る。
変わらない場所。
「……勝手に思ってろ」
ぶっきらぼうに言う。
それだけ。
イリスは頷く。
「はい」
それで十分だった。
遠くから声がする。
「イリス様ー!」
リリアの声。
変わらない。
いつもの声。
イリスはそちらを見る。
少しだけ目を細める。
「……やはり」
小さく呟く。
「こちらの方が、好きです」
風がまた吹く。
レオンは、何も言わなかった。
ただ――
少しだけ、空を見上げた。




