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やめたい騎士団長は、なぜか昇進し続ける  作者: サザルト
第1章 騎士団長編
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第73話 見せしめ処分が重すぎる件

 ――帝国暦三二〇年・秋終盤 ヴェリア帝国東ロンバルディア帝国騎士団領 騎士団庁 地下区画・簡易裁定室――


「――何をしているのですか」


 エリシアだった。


 低い。

 静か。


 だが、場の温度が一瞬で落ちた。


 騎士たちの動きが止まる。

 完全に止まる。


 中央には、吊るされたダリオ。


 周囲には、第七騎士団所属の屈強な騎士たち。


 正面には、隊長エゼル。


 隣には、副隊長マフガラン。


 そして壁際には、「死刑」と書かれた札と、まだ白紙の反省文用紙が積まれている。


 エリシアの視線が、ゆっくりと室内を巡った。


 ダリオは吊るされたまま、かすれた声で言う。


「……助けてください」


 エリシアの眉が、わずかに動いた。


「ダリオ副官を降ろしなさい」


 短い命令だった。

 余計な言葉はない。


 だが、親衛隊はすぐには動かなかった。


 エゼルが口を開く。


「エリシア副官」


 落ち着いた声だった。


「本件は既に判決が下されています」


「判決?」


「はい」


 マフガランが紙を見ながら続ける。


「被告ダリオ副官は、姫様に対し、第一に第二騎士団への移動を想起させる発言を行い、第二に私邸訪問を示唆し、第三に妹君を理由として親近感を誘導しました」


「正確に言うと、全部弁明で悪化しただけなんだが!?」


 ダリオが吊るされたまま叫ぶ。


 親衛隊の一人が低く言った。


「自白」


「違う!」


 エリシアは一切揺れない。


「関係ありません」


 一言。


 それだけで、空気が凍った。


 エゼルの目が、わずかに動く。


「関係ない、と」


「はい」


「姫様への第二騎士団勧誘未遂も」


「はい」


「姫様と第七騎士団の分断意図も」


「はい」


「私邸への私的招待も」


「はい」


「親衛隊への精神的壊滅攻撃の疑いも」


「はい」


「即刻処刑との判断も却下します」


 ダリオの顔が、ぱっと明るくなった。


「助かった……!」


「ただし」


 その一言で、ダリオの顔が再び固まった。


 エリシアは壁際に積まれた白紙の用紙を見た。


「反省文は必要です」


「え」


 ダリオの声が細くなる。


 エリシアは淡々と続けた。


「今回の発言は、第二騎士団側の副官としても、第七騎士団の共同処理に参加する立場としても軽率です」


「いや、それは……」


「反省文を書かせるという判断は、妥当です」


 親衛隊側が、わずかにざわめいた。


 エゼルが静かに頷く。


「理解していただけたようで、何よりです」


「いや、理解しないでくれ!」


 ダリオが反射的に叫んだ。


 その瞬間、周囲の騎士たちの視線が一斉に向いた。


「……被告」


 エゼルの声が低くなる。


「本当に反省しているのか!」


「してる! してるけど、反省文を掲示するのは別問題だろ!」


「反省している者の態度ではない」


「態度まで見られるのかよ!」


 マフガランが静かに紙へ記録する。


「反省態度、不十分の可能性」


「書くな!」


「今の発言も記録します」


「だから書くなって!」


 ダリオは言いかけて、周囲の目を見た。


 屈強な男たちが、静かにこちらを見ている。全員、目が笑っていない。


 ダリオは口を閉じた。


「……反省しています」


「よろしい」


 エゼルが静かに頷いた。


 エゼルはさらに言う。


「見せしめのため、処分を少し形にする必要があります」


 エリシアは一度だけ頷いた。


「それは良い考えです」


「良い考えじゃない!」


 ダリオが即座に叫んだ。


 だが、エリシアの視線がすぐに向く。


「ダリオ副官」


「……はい」


「あなた、本当に反省しているのですか?」


 静かな声だった。

 怒鳴られているわけではない。


 だが、逃げ場がなかった。


「反省は、してる」


「では、再発防止のための措置を受け入れてください」


「いや、でも見せしめは……」


「私たちが来なかったら、どうなっていたと思うのですか」


 ダリオは黙った。


 壁際には「死刑」と書かれた札が積まれている。親衛隊は、先ほどまで本気で即刻処刑と言っていた。


 少なくとも、本人たちは本気だった。


「……はい」


 ダリオは小さく答えた。


 エリシアは掲示板用の用紙へ視線を向ける。


「掲示については」


「そこは止めてくれ!」


 ダリオは思わず言った。


 エゼルの視線が向く。


「被告」


「……はい」


「本当に反省しているのか?」


「しています」


 返事だけは早かった。


 エリシアは淡々と続ける。


「再発防止として有効です」


「……はい」


「ただし、掲示内容は必要最低限に整えます」


 マフガランが静かに言う。


「つまり、掲示は許可されると」


「はい」


「良い判断です」


「よくない……」


 ダリオは小さく呟いた。


 すぐにエゼルの視線が向く。


「何か?」


「いえ。反省しています」


 ダリオは即座に言った。


 もう学習していた。


 そこで、エリシアが少し考えるように視線を落とした。


「掲示だけでは、本人の自覚が弱い可能性もありますね」


 ダリオの肩が跳ねた。


「え」


「反省文を各部屋で音読させる、という方法も、確かにいいですね。」


「やめましょう」


 ダリオが、食い気味に言った。

 しかも、少し涙目だった。


 エリシアが静かに見る。


「まだ最後まで言っていません」


「言わなくていいです」


「本当に反省しているのですか?」


「反省しています。だからこそ言います」


 ダリオは必死だった。


「それは、各騎士団の方々に迷惑です」


 室内が少しだけ静かになる。


 ダリオは続けた。


「忙しいのに、俺の反省文を聞かされるんですよ。絶対に迷惑です。第二騎士団にも第十騎士団にも迷惑です。第七にも迷惑です。俺もつらいですが、周りの方がもっとつらい」


「なるほど」


 エリシアは一度だけ頷いた。


「他者への迷惑を考慮できる程度には、反省しているようですね」


「そこを評価されるのか……」


「音読処分は見送ります」


 ダリオは深く息を吐いた。


「ありがとうございます……」


 マフガランが紙に記録する。


「反省文音読処分、現時点では保留」


「現時点では、を消してくれ!」


 エゼルの視線が向く。


「被告」


「反省しています」


 即答だった。


 エゼルがさらに問う。


「毎日の報告については?」


 エリシアは少し考えた。


「業務に支障が出ない範囲であれば、一定期間は有効です」


「有効にするな……」


 ダリオは小さく言った。


「被告」


 親衛隊の一人が低く呼ぶ。


「しています」


 即答した。


 エリシアは静かに続ける。


「日々の言動を自覚する機会になります」


「俺、毎日ここに来るのか?」


「業務後であれば可能でしょう」


「可能かどうかの話じゃ……」


 言いかけて、ダリオはまた黙った。


 エリシアが見ている。

 親衛隊も見ている。


 先ほどの「私たちが来なかったら」という言葉が、まだ効いていた。


「……ありません。分かりました」


「よろしい」


 エリシアは頷いた。


「ただし、報告内容は過剰にしないこと」


「過剰?」


 マフガランが首を傾げる。


「その日の姫様の状態、被告の発言、距離、視線、接触可能性、周辺状況、精神的揺らぎ――」


「過剰です」


「削ります」


 ダリオが少しだけ顔を上げる。


「削ってくれるのか」


 エリシアは淡々と言った。


「その日のリリアさん周辺での発言と行動、再発防止に関する所感。これで十分です」


「十分じゃ……」


 言いかけて、止まる。


 エゼルが見ている。

 マフガランが記録している。


 周囲の親衛隊も、静かに見ている。


 ダリオは深く息を吐いた。


「……十分です」


「よろしい」


 また封殺された。


 エゼルが満足げに頷く。


「では、処分内容を修正します」


 マフガランが紙を取り直した。


「第一、反省文の提出」


「第二、騎士団内掲示板への一定期間掲示」


「第三、業務後の定期報告」


「第四、親衛隊による観察」


「第五、再犯時はより重い処分」


「なお、反省文音読処分は保留」


「保留を消してくれ……」


 ダリオは吊られたまま、震える声で言った。


「……ほとんど残ってる」


 エリシアはそれを一瞥する。


「処刑と拘束はなくなりました」


「そこだけか……」


「業務に支障が出ますので」


「俺の精神には支障が出てる」


「自業自得です」


 親衛隊が静かに頷いた。


「自業自得」


「自業自得」


「自業自得」


 ダリオはもう反論しなかった。


 反論すれば、また「本当に反省しているのか」と言われる。


 それが分かってしまった。


 エリシアは縄を指差す。


「まず降ろしなさい」


 今度は、親衛隊も逆らわなかった。


 ダリオはようやく降ろされた。


 足が床につく。

 だが、解放感はなかった。


 むしろ、判決だけがしっかり残った。


 エリシアは短く言う。


「戻ります」


「待ってくれ」


 ダリオが青い顔で言った。


「俺、本当に明日から反省文を書くのか?」


「今日から下書きしてください」


「早まった!」


 エゼルが静かに言った。


「掲示期間は我々が納得するまで」


「それは長くないか!?」


 エリシアが言う。


「期間は後で調整します」


「そこは断言してくれ!」


「反省状況次第です」


「終わった……」


 ダリオは完全に肩を落とした。


 マフガランが紙に記録する。


「被告、反省の兆しあり」


「あるよ! ものすごくある!」


「継続観察」


「終わってない!」


 エゼルは最後に、静かに告げた。


「ダリオ副官」


「……何だ」


「再度警告するが、親衛隊員は、ここにいる者だけではありません」


 ダリオの顔が引きつる。


「聞きたくない」


「第七騎士団内に多数います」


「聞きたくないって言っただろ」


「お前には、誰がそうなのか見分けがつかない」


 エゼルの声は淡々としていた。


「見ているからな」


 室内の何人かが、静かに頷く。


「見ている」


「見ている」


「見ている」


「やめろ、本当に怖い」


 ダリオは騎士である。


 相手が一人や二人なら、まだ何とかなると思ったかもしれない。


 だが、この人数は無理だった。


 しかも、この場にいない者までいる。


 どいつもこいつも、姫様のことになると目が据わる。


 大人しく従う以外の選択肢はなかった。


 エリシアは踵を返す。


「業務に戻ります」


 誰も止めない。


 止められない。


 ダリオが慌てて後を追う。


「待ってくれ! 一人で帰らせないでくれ!」


「歩けるなら問題ありません」


「精神的に問題がある!」


「自業自得です」


「はい!」


 返事だけは早かった。


 扉へ向かう途中、騎士の一人が低く言う。


「次はない」


 ダリオは振り返らずに答えた。


「次は絶対にない!」


「反省文に書いてください」


「書くよ!」


 その背中を見送りながら、騎士の一人が小さく呟いた。


「……こわい」


 誰にも聞かれないように。


 だが、確かに。


 そう言った。


 それがダリオのことなのか。


 エリシアのことなのか。


 あるいは、業務という言葉一つで処刑を止めながら、反省文と掲示と監視を残した第七騎士団そのもののことなのか。


 誰にも分からなかった。


 ■同日・第七騎士団 本庁


 ダリオが戻ると、執務室の空気が一瞬だけ止まった。


 ミナが小さく息を吐く。


「……無事だったんですね」


「無事かどうかは分からん」


 ダリオは椅子に座り込んだ。


 顔色はまだ悪い。


 シエラが帳面に書く。


「ダリオ副官、所在確認。第七騎士団所属の屈強な男性三名による連行後、地下区画で簡易裁定。即刻処刑は回避。ただし反省文、掲示、定期報告、観察処分あり」


「その記録、残すのか?」


「必要です」


「消してくれ」


「必要です」


 ヴァルドが低く言う。


「学習したか」


「した」


 ダリオは即答した。


「姫様には二度と軽口を叩かん」


 その時、リリアが近づいてきた。


「ダリオさん、大丈夫ですか?」


 ダリオは固まった。


 周囲も少しだけ固まった。


 リリアは心配そうに首を傾げている。


「どこか具合が悪いのですか?」


「いや、大丈夫です、姫様」


 ダリオは慎重に答えた。


 言葉を一つずつ選んでいる。


「仕事に戻ります」


「無理はしないでくださいね」


「はい」


 素直に頷いた。


 エリシアが横から言う。


「戻るなら、こちらの第二騎士団分を確認してください」


「はい」


 ダリオは即座に書類を受け取った。


 もう逆らう気はない。


 軽口の代償は重すぎた。


 その教訓は、骨身に染みていた。


 そして、この一件以降。


 第七騎士団本庁で、リリアに軽い調子で声をかける者は、目に見えて減った。


 もちろん、普通の挨拶や業務上の会話はある。


 だが、冗談めかした勧誘。


 軽い誘い。


 不用意な「うちに来ませんか?」。


 それらは、完全に消えた。


 理由は簡単だった。


 ダリオ副官の処分内容が、あまりにも具体的に広まったからである。


 反省文。

 掲示。

 定期報告。


 親衛隊による観察。


 そして、再犯時のより重い処分。


 その噂は第七騎士団内に留まらず、第二騎士団、第十騎士団の関係者にも静かに伝わっていった。


 親衛隊は、いる。

 しかも、思ったより多い。


 普段は第七騎士団の騎士として普通に働いている。だが、姫様に関する不用意な発言があれば、どこからともなく現れる。


 誰がそうなのかは分からない。

 分からないからこそ、怖い。


 それが、他騎士団の人間にも知られてしまった。ダリオは、その最初の実例になった。


「……俺、見せしめになってないか?」


 ぽつりと呟く。


 シエラが帳面から顔を上げずに答えた。


「なっています」


「否定してくれ」


「事実です」


「事実だけ言うの、やめてくれ……」


 ダリオは深く項垂れた。


 ヴァルドが、珍しく少しだけ同情したように言った。


「まあ、戻ってこられてよかったな」


 ダリオはゆっくり顔を上げた。


「よくない」


「そうなのか」


「全然よくない」


 ダリオは机の上に置かれた書類を見る。


 これから処理する第二騎士団分の書類。


 その横には、いつの間にか白紙が一枚置かれている。反省文用だった。


「こんなことになると思わなかった……」


 ダリオは、心の底から呟いた。


 そして、ふと思い出したようにヴァルドを見る。


「ヴァルド」


「何だ」


「絶対に、俺みたいな軽口は叩かない方がいい」


 ヴァルドは、少しも表情を変えなかった。


「そんなもの、元々分かっている」


「だよな……」


 ダリオはさらに肩を落とした。


「分かってなかったの、俺だけだったんだな……」


 その横で、リリアだけが不思議そうに首を傾げていた。


「皆さん、今日はとても静かですね」


 誰も答えなかった。

 答えられなかった。


 姫様の周囲は、今日も平和だった。


 ただし、その平和は少しだけ、監視つきになっていた。

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