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やめたい騎士団長は、なぜか昇進し続ける  作者: サザルト
第1章 騎士団長編
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第72話 軽口の代償が重すぎる件

 ――帝国暦三二〇年・秋終盤 ヴェリア帝国 東ロンバルディア帝国騎士団領 第七騎士団 本庁――朝。


 いつも通り、朝は始まっていた。本庁前には騎士たちが並び、リリアが来れば一斉に声が上がる。


「姫様、おはようございます!」


「おはようございます!」


 リリアが笑って応える。


 それだけで、空気が動く。


 騎士たちは持ち場へ移り、書類は流れ始め、いつもの第七騎士団の朝が形になっていく。


 だが、ひとつだけ違うことがあった。


「……ダリオ副官は?」


 ミナが周囲を見回した。


 第二騎士団副官ダリオ。


 昨日、軽口ひとつで執務室の空気を凍らせた男である。今朝は、見当たらなかった。


「珍しく遅れているのか?」


 ヴァルドが書類を置く。


 シエラは静かに首を傾げた。


「昨日の件の後で遅刻するほど、危機感のない方ではないと思います」


「いや、危機感はない方だろ」


 ヴァルドが低く言う。


「だが、命の危機は感じたはずだ」


 ミナが小さく頷いた。


「昨日、顔色が真っ白でしたから」


 その時、近くにいた第七騎士団の騎士が控えめに手を上げた。


「あの」


 シエラが視線を向ける。


「何か?」


「ダリオ副官なら、朝は見ました」


 全員の視線が集まる。


「姫様の朝のご挨拶の時、本庁前にいました」


「では、その後にいなくなったんですか?」


「……はい」


 騎士は少し言いにくそうに続けた。


「整列が解けたあと、男三人に囲まれて、どこかへ」


 長い沈黙。


 ヴァルドが目を細める。


「男三人?」


「はい」


「第七騎士団の者か?」


「そうだと思います。全員、第七の制服でしたので」


 騎士は少し考えた。


「ただ……かなり屈強な方々で」


「屈強」


「はい。それと、少し不機嫌そうでした」


 さらに沈黙が落ちた。


 シエラが静かに帳面を開く。


「ダリオ副官、朝の時点では確認。姫様挨拶後、第七騎士団所属と思われる屈強な男性三名に囲まれ移動。以後所在不明」


 ミナが青ざめる。


「それ、移動ですか?」


 ヴァルドが低く答えた。


「連行だな」


 その時。


「……ダリオ副官はどこですか?」


 エリシアの声がした。


 静かだが、重い。


 周囲が一斉に止まる。


 報告を受けたエリシアは、一瞬だけ目を閉じた。そして、次に目を開けた時には、もう完全に仕事の顔になっていた。


「確認を取ります」


 短い一言だった。


 それだけで、空気が変わる。


 リリアが不安そうに周囲を見る。


「……いなくなる空気ではなかったのですが」


 少しズレている。

 だが、妙に核心を突いていた。


 エリシアは近くの騎士へ視線を向ける。


「最後に見た者を確認してください。行き先が分かる者がいれば、すぐ報告を」


「はい」


 騎士が走る。


 シエラは帳面に記録する。


「ダリオ副官、所在不明。朝の挨拶後、第七騎士団所属と思われる屈強な男性三名と移動。確認中」


 ヴァルドが低く言う。


「嫌な確認だな」


 ミナは小さく頷いた。


「……無事だといいんですけど」


 誰も、すぐには答えなかった。


 ■同日・騎士団庁 地下区画


「――事実確認を行う」


 低い声が響いた。


 そこは、いつの間に用意されたのか分からない、妙に裁判所めいた部屋だった。


 中央に、ダリオが立たされている。


 周囲には、第七騎士団所属の屈強な男たち。見た目は普通の第七騎士団員である。


 ただし、目が普通ではない。


 そして、その中心に隊長エゼル。


 隣に、副隊長マフガラン。


「被告、ダリオ副官」


「はい! いや、被告じゃない!」


「昨日、姫様に対し、“うち来ません?”と発言した」


「言った!」


「その“うち”とは、当初、第二騎士団を指していたのではないか」


「いや、それは……」


 ダリオの声が詰まった。


「冗談だったんだ!」


「質問に答えよ」


 別の低い声が重なる。


「第二騎士団へ姫様を迎えたいという意思は、全く存在しなかったのか?」


「完全にって言われると……」


 沈黙、重い沈黙だった。


 ダリオは必死に続ける。


「いや、そりゃ、うちに欲しいとは思った!でも本気で連れていこうとしたわけじゃない! 九割九分冗談だ!」


「一分」


「え?」


「一分は本気だった、と」


「そういう計算をするな!」


「事実確認」


「違う! 言葉のあやだ!」


「姫様を第二騎士団へ迎えたい意思が、完全な冗談ではなかった」


「待て!」


 周囲の声が、低く重なった。


「確認」


「確認」


「確認」


「待てって!」


 エゼルの声が落ちる。


「被告は、姫様を第二騎士団へ迎えたいという意思を、一部でも有していた」


「その言い方はやめろ!」


 マフガランが静かに続ける。


「姫様と第七騎士団を引き離す可能性を想定した発言です」


「そこまで言ってない!」


「たとえ一分でも、許容できません」


 別の騎士が低く言った。


「一分どころか、一厘でも許されない」


「一厘!?」


「姫様と第七騎士団を引き離す言葉は、冗談でも口にしてはならない、鉄の掟」


「知らなかったんだよ!」


「知らずに口にした罪も重い」


「逃げ場がない!」


 エゼルが静かに言った。


「第一罪状。姫様の第二騎士団勧誘未遂」


「未遂じゃない!」


「第二罪状。第七騎士団と姫様の分断意図」


「ない!」


「完全にはないと言い切れなかった」


「そこを突くな!」


「第三罪状。親衛隊への精神的攻撃」


「何でそうなる!?」


 マフガランが淡々と答えた。


「姫様が第二騎士団へ移る可能性を想起させたためです」


「想起したのはお前らだろ!」


「被告の発言が原因です、既に被害届けも出ています。」


「被害届け……」


「もう勝てねえ!」


 その後、別の騎士が紙を読み上げた。


「さらに、被告は弁明の過程で、第二騎士団への勧誘ではなく、自身の私邸への招待であったと主張した」


「それは、誤解を解こうとして!」


「私邸へ招こうとした事実はある」


「言ったけど!」


「妹君がいるため、姫様と話が合うかもしれないとも発言した」


「それも言ったけど!」


「では、姫様を私邸へ誘った事実もある」


「事実だけ抜き出すな!」


 複数の声が、低く重なる。


「事実確認完了」


「事実確認完了」


「事実確認完了」


「待て! 全部、冗談と弁明が悪い方向に取られてるだけだ!」


 また、少しの沈黙。


 次の瞬間、低い声が響いた。


「冗談で姫様を第二騎士団へ誘った」


「冗談で姫様を私邸へ誘った」


「冗談で第七騎士団から姫様を離そうとした」


「さらに重い」


「重い」


「非常に重い」


「何でだよ!」


 エゼルが結論を下す。


「被告は、冗談という名目で、姫様と第七騎士団の結びつきを揺るがす重大発言を行った」


「親衛隊への挑発と見なす」


「違う!」


「我々の精神を壊滅させる意図があったことは、これで明らかになった」


「明らかになるな!」


 そして、声が揃い始めた。


「有罪」


「有罪」


「有罪」


「有罪」


 さらに、低いざわめきが広がる。


「死刑」


「死刑」


「死刑」


「死刑」


 次第に声が大きくなる。


「死刑! 死刑! 死刑! 死刑!」


「待て待て待て待て待て!!」


 ダリオの絶叫が響いた。


 だが、親衛隊の声は止まらない。


「死刑!」


「死刑!」


「死刑!」


 その中で、マフガランが静かに言った。


「いえ」


 声が止まる。


 ダリオも止まる。


 マフガランは淡々と続けた。


「本件は、姫様と第七騎士団の分断を想起させた重大事案です」


「……おい」


「通常の死刑では軽いかと」


「軽いって何だ!?」


 エゼルが頷いた。


「同意する」


「同意するな!」


「判決を修正する」


 室内の空気が、さらに重くなる。


 エゼルは静かに告げた。


「被告、ダリオ副官」


「聞きたくない!」


「即刻処刑」


「悪化したあああああ!!」


 ダリオの叫びが地下に響いた。


 その直後、周囲の騎士たちが一斉に動いた。


「待て! 本当にやる気か!?」


「拘束」


「拘束するな!」


 両腕を取られる。


 肩を押さえられる。


 逃げ場はない。


 ダリオも騎士である。


 副官とはいえ、鍛えていないわけではない。多少の抵抗くらいはできる。


 できるはずだった。


 だが、囲んでいる男たちの数が多い。


 しかも、一人一人が妙に強そうだった。


 目も怖い。というより、全員、姫様のことになると目が据わっている。


(無理だ)


 ダリオは即座に判断した。


 ここで抵抗すれば、処刑の内容がさらに悪化する。大人しくするしかない。


 次の瞬間、ダリオは部屋の中央で縄にかけられた。


 吊るされた、というほど高くはない。


 だが、足は床につくかつかないかの位置で、完全にさらし者だった。


「おい! これは何だ!」


「即刻処刑です」


「処刑の意味が違うだろ!」


「まずは反省していただきます」


「反省!?」


 ダリオは宙ぶらりんのまま叫んだ。


「俺はどうなるんだ!?」


 エゼルが淡々と告げる。


「第一段階。反省文」


「反省文!?」


「内容は、姫様と第七騎士団を引き離す発言をしたことへの深い反省」


「してる! 今してる!」


「書面で提出していただく」


 マフガランが続ける。


「提出後、騎士団内掲示板に掲示します」


「掲示するな!」


「再発防止のためです」


「可能なら、自ら各騎士団で反省文を音読してもらいます。」


「俺の社会的生命を処刑する気だろ!」


「即刻処刑ですので」


「そっちの意味かよ!」


 エゼルは一歩近づいた。


「さらに、見せしめのため、処分を少し形にする必要があります」


「見せしめって言ったな!?」


「言いました」


「隠せよ!」


「隠す必要はありません」


 マフガランが静かに頷く。


「今回の件は、他の者への教訓にもなります」


「俺を教訓にするな!」


「教材として適切です」


「適切じゃない!」


 別の騎士が紙をめくる。


「第二段階。毎日の報告」


「報告?」


「我々が納得するまで、毎日この部屋へ来ていただく」


「毎日!?」


「その日の姫様の状態」


「俺が見るのか!?」


「ならびに、自身の行動、発言、視線、距離、接触可能性の有無を詳細に報告」


「細かすぎる!」


「報告書として提出」


「仕事が増える!」


「反省の一環です」


「重い!」


 エゼルはさらに続けた。


「第三段階。観察」


「観察?」


「本日以降、被告は親衛隊の観察対象となる」


「被告のままなのかよ!」


「我々の仲間は多い」


「知りたくなかった!」


「お前には、誰が親衛隊員なのか見分けがつかないだろう」


 エゼルは静かに言った。


「普段は第七騎士団の騎士として働いている者もいる」


「やめろ。怖い情報を増やすな」


「だが、見ている」


 室内の騎士たちが、低く声を揃えた。


「見ている」


「見ている」


「見ている」


「やめろ!」


 エゼルは続ける。


「日中も、姫様周辺で不審な発言、不適切な接近、第二騎士団への勧誘を想起させる表現がないか確認する」


「もう姫様って単語を口にするだけで怖いんだが!」


「その心がけを維持してください」


「維持したくてしてるわけじゃない!」


 マフガランが静かに言う。


「一定期間、反省が確認されれば、解放します」


「今、解放されてない扱いなのか?」


「観察下に置かれます」


「それを解放とは言わない!」


「再犯がなければ、処分はそこで終了です」


 ダリオは少しだけ希望を見た。


「再犯があったら?」


 室内が、すっと静かになる。


 エゼルが答えた。


「二度はない」


 静かな声だった。


 だからこそ怖かった。


「より重い処分に移行する」


「これより重い処分があるのか!?」


「あります」


「あるのかよ!」


 周囲の騎士たちが、低く頷いた。


「ある」


「ある」


「いくらでもある」


「怖えよ、親衛隊!」


 エゼルが静かに告げる。


「以上が即刻処刑の内容です」


「処刑じゃなくて公開反省と監視処分だろ!」


「精神的処刑です」


「言い切った!」


 ダリオは吊るされたまま、がくりと肩を落とした。


「……もう二度と言わん」


「記録します」


「するな!」


「反省文にも記載してください」


「書くよ! 書けばいいんだろ!」


 その時だった。

 扉の外が、わずかに騒がしくなった。


「こちらです」


「中です」


「まだ続いているようです」


 そんな声が聞こえる。

 次の瞬間、重い扉が静かに開いた。


「――何をしているのですか」


 エリシアだった。


 低い。

 静か。

 だが、場の温度が一瞬で落ちた。


 騎士たちの動きが止まる。


 完全に止まる。


 中央に吊るされたダリオ。


 周囲に第七騎士団所属の屈強な騎士たち。


 正面にエゼル。

 隣にマフガラン。


 そして、壁際には「死刑」と書かれた札と、まだ白紙の反省文用紙が積まれている。


 エリシアの視線が、ゆっくりと室内を巡った。ダリオは吊るされたまま、かすれた声で言った。


「……助けてください」


 エリシアの眉が、わずかに動いた。

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