軽口の代償が重すぎる件
――帝国暦三二〇年・秋終盤
東ロンバルディア帝国騎士団領
第七騎士団 本庁――昼。
いつも通り、仕事は回っている。
――はずだった。
「……ダリオ副官はどこですか」
エリシアの一言。
静かだが、重い。
周囲が止まる。
「……さっきまで、ここに」
「書類運んでたはずで……」
「え、あれ?」
いない。
忽然と消えている。
エリシアが一歩前に出る。
「捜索します」
空気が変わる。
リリアが小さく言う。
「……いなくなる空気ではなかったのですが」
ズレている。
だが、妙に核心を突いている。
エリシアは無言で廊下に出る。
■同日・騎士団庁 地下区画
重い扉の前。
声が聞こえる。
「――審議は終了した」
「判決を下す」
エリシアの足が止まる。
中から、はっきりとした声。
「被告、ダリオ副官」
「姫様への不適切な勧誘行為」
「および組織秩序への重大な侵害」
「――有罪」
長い沈黙。
そして。
「死刑を宣告する」
間髪入れずに、続く声。
「いや待て待て待て待て待て!!!」
ダリオの絶叫。
エリシアは、無言で扉を開ける。
■地下・簡易裁定室
ダリオが縛られている。
完全に必死。
周囲には黒装束の騎士たち。
――親衛隊。
中央には、隊長エゼル。
その隣に副隊長マフガラン。
「最終処理に移行する」
淡々と進む。
(早い)
誰もが思う。
そのとき。
エリシアが、一歩踏み込む。
靴音が響く。
全員の視線が向く。
「――何をしているのですか」
低い。
静か。
だが、場の温度が一瞬で落ちる。
親衛隊の動きが止まる。
完全に止まる。
エリシアが視線を巡らせる。
ダリオを見る。
縛られている。
「……ダリオ副官を解放しなさい」
短い命令。
余計な言葉はない。
エゼルが口を開く。
「副官殿」
落ち着いた声。
「本件は既に判決が下されている」
正論。
だが、エリシアは一切揺れない。
「関係ありません」
一言。
それだけ。
空気が凍る。
マフガランの視線がわずかに動く。
「……理由を伺っても?」
形式上の確認。
エリシアは答える。
「業務に支障が出ます」
即答。
迷いなし。
それだけ。
皆沈黙。
ほんの一瞬だけ。
エゼルとマフガランが視線を交わす。
そして。
「……解除しろ」
短い指示。
縄が外される。
ダリオが崩れ落ちる。
「……た、助かった……」
息が荒い。
エリシアはそれを一瞥する。
「軽率です」
一言。
それだけ。
ダリオが背筋を伸ばす。
「……はい」
だが、その目は変わっている。
(……この人は)
判決を、止めた。
理屈ではない。
力でもない。
だが、覆した。
(すげえな……)
静かに、尊敬が生まれる。
一方で。
エリシアは、何も変わらない。
ただの業務。
それ以上でも、それ以下でもない。
踵を返す。
「戻ります」
それだけ言って歩き出す。
誰も止めない。
止められない。
その背中を見送りながら。
親衛隊の一人が、小さく呟いた。
「……こわい」
ぽつりと。
誰にも聞かれないように。
だが、確かに。
そう言った。




