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やめたい騎士団長は、なぜか昇進し続ける  作者: サザルト
第1章 騎士団長編
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第70話 兄からの手紙

 ――帝国暦三二〇年・秋終盤 ヴェリア帝国東ロンバルディア帝国騎士団領 第七騎士団 本庁・執務室――


 その手紙は、いつもと違う封で届いた。


「帝都より書簡です」


 エリシアが差し出した。


 レオンは机の上から視線を上げる。


「……またか」


 小さく息を吐いた。最近、帝都絡みの書簡に、気楽に読めるものは少ない。


 命令ではない。少なくとも、レオンに直接命じる形では来ない。だが、問い合わせ、打診、紹介、確認、遠回しな依頼。


 どれも一度開けば、返答を整えなければならないものばかりだった。


 断るにも理由がいる。受けるにも調整がいる。放置すれば、別の誰かが余計な解釈をする。


 結局、面倒なことに変わりはない。

 だから、封を見る前から気が重かった。


 だが。


「……皇太子?」


 封に刻まれた印を見て、レオンはわずかに眉を上げた。


 アシュレイ皇太子。


 イリスの兄である。


 レオンは封を切り、中の書簡を広げた。


 文面は、思ったより短かった。


 ――レオンへ


 妹がそちらにすでに行ったと聞いた。


 あいつらしい動きだ。

 正直に言えば、愛想のある性格ではない。


 言葉は固く、可愛げも足りない。


 だが、誠実だ。


 知識に関しては――私以上だろう。


 ……悔しいがな。


 面倒なところもあるが、悪くない。もし気に入ったなら、付き合ってやってくれ。


 可愛い妹を、よろしく頼む。


 ――アシュレイ


 読み終えたレオンは、しばらく黙った。


 それから、ぽつりと呟く。


「……軽いな」


「らしいですね」


 エリシアが淡々と応じた。


「皇太子殿下の妹君への評価としては、妥当かと」


「妥当なのか」


「少なくとも、外れてはいないと思われます」


 レオンはもう一度、手紙に目を落とした。


 愛想のある性格ではない。

 言葉は固い。

 可愛げも足りない。


 そこまでは、まあ分かる。


 だが。


(……誠実、か)


 その一文には、少しだけ引っかかった。


 思い当たるものがある。


 イリスは無駄なことを言わない。

 嘘もつかない。

 必要なことは、はっきり言う。


 そして、知っていることは惜しまず出す。


 扱いづらいところはある。


 だが、不誠実ではない。


(……あと、よく喋る)


 最初は静かな人物だと思っていた。


 けれど、実際には違った。


 問いを投げれば答える。

 必要だと判断すれば、自分からも話す。


 それも、かなり長く。


 気づけば、会話している時間が増えている。


 無理にではない。

 自然に。


「団長」


 エリシアが呼んだ。


「いかがご判断されますか」


 レオンは手紙を見たまま、少しだけ考えた。


 皇太子からの手紙。

 皇女本人は、すでにここにいる。


 そして、今の第七騎士団の書類処理に、明らかに組み込まれ始めている。外す理由は、ない。


「……問題ない」


 短く答えた。


 それが本音だった。


 エリシアの指が、わずかに止まる。


(……そうおっしゃいますのね)


 否定ではない。


 保留でもない。


 問題ない。


 それは、レオンにしては十分な肯定だった。


(肯定、ですわね)


 エリシアは静かにそう受け取る。

 その横で、リリアもレオンを見ていた。


 表情は大きく変わらない。けれど、胸の奥に小さな引っかかりが生まれる。


(……認められてる)


 イリスは、ただの客人ではない。


 ただの協力者でもない。


 皇太子が、レオンへ託した相手。


 家族に認められた存在。


 その事実が、少しだけ重く見えた。


 レオンは手紙を畳む。


「……本人に直接言えばいい」


「距離の取り方かと」


 エリシアが答える。


「信頼しているからこそ、任せるのでしょう」


「俺にか」


「はい」


 レオンは少し黙った。


 頼まれるのは嫌いだ。

 押し付けられるのはもっと嫌いだ。


 だが、これは少し違った。


 選ばされているわけではない。


 任されている。

 その違いが、わずかに胸に残った。


 その時。


「お呼びでしょうか」


 静かな声がした。


 イリスが執務室に入ってくる。


 いつも通り、姿勢は乱れていない。

 表情も落ち着いている。


 レオンは手紙を軽く持ち上げた。


「イリスの兄からだ」


「……兄上からですか」


 ほんのわずかに、イリスの表情が動いた。


 驚きというほどではない。


 だが、無関心でもない。


「何と?」


「可愛げがないってさ」


 一瞬、執務室が静まった。


 エリシアが目を伏せる。


 リリアは小さく息を止める。


 イリスは――


「……否定いたしません」


 あっさりと言った。


「事実ですので」


 レオンは思わず吹き出した。


「そこは否定しろよ」


「無意味です」


「無意味なのか」


「正確な評価は、受け入れるべきです」


 淡々としていた。


 いつものイリスだった。


 だが、レオンは手紙へ視線を戻し、続ける。


「でも」


 その言葉に、イリスの目がわずかに動く。


「誠実だってさ」


 イリスの動きが止まった。


 ほんの一瞬だけ。


「……そうですか」


 短い返事だった。


 けれど、その声は少しだけ柔らかい。


 レオンはさらに続ける。


「あと」


「まだあるのですか」


「可愛い妹をよろしく、だと」


 今度は、はっきりと。

 イリスが目を逸らした。


「……余計な一言ですね」


「まあな」


「兄上らしいとも言えます」


「そうなのか」


「そうです」


 イリスは淡々と答えた。


 だが、耳元がわずかに赤い。


 レオンはそれを見て、小さく笑った。


 執務室の空気が、少しだけ緩む。そのやり取りを、エリシアとリリアは見ていた。


(……自然ですわね)


 エリシアは思う。


 無理がない。


 イリスが遠慮しすぎているわけでもない。

 レオンが構えすぎているわけでもない。


 距離が、近い。

 近くなっている。


 一方で、リリアは静かに拳を握った。


(……入ってきてる)


 外から来たはずの存在が。


 もう、外ではなくなっている。


 第七騎士団の書類を処理し。


 レオンと会話し。


 皇太子からも託される。


 それは、ただ仕事ができるというだけではない。この場所に、居場所を作り始めているということだった。


 レオンは手紙を机に置いた。


「イリス」


「はい」


「皇太子には、問題なくやっていると返しておく」


「……ありがとうございます」


「礼を言うことか?」


「兄上が余計なことを書いたようなので」


「可愛い妹ってところか」


「忘れてください」


「無理だな」


「では、記録しないでください」


「俺は書記官じゃない」


 イリスは少しだけ目を伏せた。


「それなら安心です」


 エリシアが横で静かに咳払いをした。


 リリアは少しだけ頬を膨らませる。


 レオンは、それに気づいているようで、気づいていないような顔をしていた。


(……任せる、か)


 手紙の文面が、もう一度頭をよぎる。


 面倒なところもあるが、悪くない。もし気に入ったなら、付き合ってやってくれ。


 可愛い妹を、よろしく頼む。


 軽い文面だった。


 だが、軽いだけではない。

 信頼していなければ、ああは書かない。


 そして、任された以上、雑には扱えない。


(……面倒だな)


 そう思う。

 いつものように。


 だが、不思議と嫌ではなかった。


 イリスはすでに、机の上の書類へ視線を向けている。


「こちらの分類ですが、第十騎士団側の照合を先にした方がよろしいかと」


「もう仕事に戻るのか」


「必要ですので」


「可愛げがないな」


「兄上の評価通りです」


 レオンはまた少し笑った。


 イリスも、ほんのわずかに目元を緩めた。その小さな変化を、エリシアもリリアも見逃さない。


 第七騎士団の執務室は、今日も回っている。


 書類は積まれている。


 人は動く。

 声が飛ぶ。


 その中に、イリスの声も、もう自然に混ざっていた。


 レオンの外への想いは消えない。

 むしろ、はっきりと形になっていく。


 だが、ここにいる理由が、また一つ増えていた。

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