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剣の外側(改稿)

 ――帝国暦三二〇年・春初め

 東ロンバルディア帝国騎士団領 市場――


 午後の視察は、予定より早く終わった。

「団長、次の予定ですが」

「少し時間あるよな」

「……ありますが」


 わずかな間。

「市場、見てくる」

「視察ですか」

「まあ、そんなところだ」

 騎士団領の市場は、整っている。

 過不足がない。

 必要なものは揃い、無駄がない。


(……ちゃんとしてるな)

 それ以上の感想は、出てこない。

「いらっしゃい」

 店主の声。

「パン、焼きたてだよ」

 足が止まる。

 理由はない。


「……一つ」

 銅貨を出す。

 一瞬だけ、迷う。

(これで合ってるか)

 受け取る。

 何も言われない。

(合ってたか)

 小さく息を吐く。


 かじる。

 温かい。

「……うまいな」

「そりゃそうだ。焼きたてだからな」

 店主が笑う。

 気を使っていない、自然な笑い。

(……いいな)

 その距離感が。


「団長」

 背後から声。

「いると思った」

「視察ですので」

「そういうことにしとけ」

 エリシアが隣に立つ。


 レオンは何も言わず、もう一口食べる。

 店先を眺める。

 野菜。布。見慣れない道具。

(何に使うんだ、これ)

 少しだけ気になる。

 聞くのはやめる。

 団長がそれを聞くのは、どこか場違いに思えた。


 隣で。

(……知らないのね)

 エリシアは気づいている。

 値段も品も。

 こういう場所のことも。

 この人は、ほとんど知らない。

 それでも。

(それでここまで来た)

 そういう人だ。


「団長」

「なんだ」

 少しの間。

「それは、業務に含まれますか」

 レオンは少しだけ考える。


「含める」

「便利な言葉ですね」

「だろ」

 短いやり取り。


 風が通る。

 人の声が重なる。

 レオンは、視線を外さないまま言う。

「……こういうの、いいな」

 曖昧な言い方。

「こういう、普通のやつ」

 言葉を探すように。


 エリシアはすぐに答えない。

(普通、ですか)

 この人の中に、それはなかった。

「……団長には不要です」

 反射だった。


 言ってから、わずかに遅れる。

(違う)

 それは答えではない。


「だろうな」

 レオンはあっさり言う。

 気にしていない。

 期待もしていない。

 ただ、そうだと受け取っている。

 それが、少しだけ引っかかる。


「……団長」

「なんだ」

 今度は、迷う。

 それでも。

「必要であるかどうかと」

 言葉を選ぶ。

「望むことは、別です」

 静かに。

 レオンが、わずかに目を向ける。


「……珍しいな」

「そうでしょうか」

「お前がそういうこと言うの」

 少しの沈黙。

「……そうかもしれません」

 市場の音が流れる。

 レオンはパンを食べ終える。

「……覚えとく」

 短く言う。


 それ以上は続けない。

 だが、その一言で十分だった。

 並んで歩き出す。

 整った街の中で。

 人の声と、生活の音の中で。

 ほんの少しだけ。

 レオンは、“剣の外側”に立っていた。


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