噂の姫様 ― 欲しくなる理由
――帝国暦三二〇年・秋終盤
東ロンバルディア帝国騎士団領
第七騎士団 本庁・執務室――昼。
仕事は、回っている。
いや、回りすぎている。
ヴァルドは書類を置いた。
「……なあ」
低く言う。
シエラが視線を向ける。
「どうしました」
「仮にだ」
「仮に、あれを――」
言葉を選ぶ。
「他に持っていったら、どうなる」
ダリオが吹き出す。
「おいおい」
「そんな簡単に持っていけるもんじゃねえだろ」
だが、ヴァルドは真顔だった。
「結果だけ考えろ」
シエラが、少しだけ考える。
「……再現できる可能性は低いです」
「ですが」
「成功した場合」
「組織の効率は、確実に跳ね上がります」
ミナが小さく言う。
「……欲しい、とは思います」
ダリオが腕を組む。
「……まあ、気持ちは分かるな」
そのとき。
ミナが、少しだけ困ったように言う。
「でも……」
「同じことしてるのに」
視線が動く。
リリア。
エリシア。
「全然、違いますよね」
静かな一言。
シエラが頷く。
「ええ」
視線を向ける。
リリア。
書類を受け取る。
目を合わせる。
「ありがとうございます」
微笑む。
それだけで、相手の動きが軽くなる。
次が早くなる、自然と続く。
「なんだか流れが速いですね」
リリアが、ぽつりと言う。
ただの感想。
シエラがわずかに目を細める。
(……本人は分かっていない)
一方のエリシア。
「不備があります」
即答。
「こちらを修正してください」
正確。
無駄がない。
だが、相手の背筋が伸びる。
わずかに硬くなる。
動きが慎重になる。
結果は同じ。
むしろ、精度は高い。
しかし、空気が違う。
(……同じことをしているのに)
エリシアは、ほんの一瞬だけ視線を落とす。
ミナが小さく言う。
「……どっちも正しいのに」
ダリオが苦笑する。
「片方は天使で」
「片方は怖えな」
率直すぎる評価。
シエラが訂正する。
「恐怖ではなく、緊張です」
「ですが、結果としては同じです」
ヴァルドが腕を組む。
「……違うな」
「繋ぐか、整えるかだ」
一言。
誰も反論しない。
リリアは、繋ぐ。
エリシアは、整える。
そして。
両方あるから――止まらない。
ダリオが小さく笑う。
「どっちもいねえとダメか」
その一言が、妙に重い。
短い沈黙。
「でもよ」
ダリオが続ける。
「今いなくなったら――」
顎で周囲を示す。
山のような書類。
止まらない流れ。
「俺たちも詰むぜ」
「……あの仕事量だ」
静かに、現実が落ちる。
ミナが頷く。
「……はい」
シエラも続く。
「現状は、彼女たちを前提として成立しています」
ヴァルドがリリアを見る。
笑っている。
ただ、それだけで流れが続く。
「……あれは人員じゃない」
小さく呟く。
「仕組みだ」
シエラが頷く。
「ええ」
「個ではなく、機能です」
ミナが言う。
「でも……連れていける気がしません」
ダリオが笑う。
「それな」
そして。
少しだけ、真顔になる。
「……今はよ」
「俺たちも、そのシステムの一部だ」
言葉が落ちる。
誰も否定しない。
「姫様いなくなったら――」
一瞬、視線が交わる。
「俺たちも終わるな、これ」
少しだけ、力が抜けた言い方。
だが、重さは変わらない。
ヴァルドが小さく息を吐く。
「……無理だな」
その一言で、全てがまとまる。
レオンの視線が動く。
少し離れた場所で、見ている。
(……なんか、回ってるな)
本気で、それだけだった。
この場所は――
もう、切り離せない。




