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やめたい騎士団長は、なぜか昇進し続ける  作者: サザルト
第1章 騎士団長編

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第66話 増えた人手と、なぜか増えた違和感

――帝国暦三二〇年・秋終盤 ヴェリア帝国 東ロンバルディア 帝国騎士団領 第七騎士団 本庁 大広間――昼。


 第七騎士団の面々が並んでいた。


 少し、ざわついている。


 いつもの騒がしさではある。


 だが今日は、その中に別の緊張が混じっていた。


 第二騎士団。


 第十騎士団。


 そこから人が来る。


 しかも、ただの伝令ではない。


 これからしばらく、第七騎士団本庁で一緒に書類を処理するための人員だった。


「静かに」


 エリシアの一言で、空気が締まった。


 ざわめきが、すっと引く。


 その前に立ったのは、レオンだった。


「第十と第二から人を呼んだ」


 簡潔な説明だった。


「今日から、ここで合同処理を行う」


 騎士たちの間に、小さなざわめきが走る。


「合同処理……」


「本当に三騎士団分をここでやるのか」


「紙が増えるな」


「紙だけで済めばいいけどな……」


 不安の方が大きい。


 レオンは気にしない。


「紹介する」


 その一言で、四人が前に出た。


 最初に口を開いたのは、落ち着いた雰囲気の男だった。


「第二騎士団副官、ダリオです」


 無駄のない挨拶だった。


 大声で押すわけでもなく、必要以上に畏まるわけでもない。


 次に、少し硬い表情の男が続いた。


「第十騎士団副官、ヴァルドです」


 こちらも短い。


 だが、雑ではない。


 副官としての礼を外してはいなかった。


 続いて、背筋の伸びた女性が一礼する。


「書記官のシエラと申します」


 言葉も姿勢も整っている。


 最後に、小柄な女性が少し緊張した様子で頭を下げた。


「書記官のミナです。よろしくお願いいたします」


 騎士たちがまたざわつく。


「……増えたな」


「助かるのか、これ」


「いや、量も増えてるからな……」


「副官が二人に、書記官が二人か」


 そこへ、クリスがレオンの横でぽつりと言った。


「副官が三人いるってのも、すごい光景だな」


 リリアが少し首を傾げる。


「三人、ですか?」


「ダリオが第二の副官。ヴァルドが第十の副官。そこにエリシアがいるだろ」


「ああ……」


 リリアは納得したように頷く。


 それから、少しだけ不思議そうにダリオとヴァルドを見た。


「副官の方は、ダリオさんとヴァルドさん、どちらも男性なのですね」


「うちの騎士団で副官って言ったら、普通は男だからな」


 クリスがあっさり言う。


 リリアは一瞬だけ、エリシアの方を見た。


 エリシアは何も言わない。


 ただ静かに立っている。


 レオンも、その話を広げるつもりはなさそうだった。


「余計な話は後だ」


 短く切った。


「副官の本分は、団長の補佐と助言だ。現場判断や部隊運用を支えることも仕事になる」


 レオンは、ダリオとヴァルドを見る。


「だが、これからはそれだけでは足りない」


 二人は黙って聞いている。


「書類仕事は本来、書記官の仕事だ。だが、騎士団を回すなら、副官も流れを理解していなければ困る」


 そこで、レオンの視線がエリシアへ向いた。


「エリシアを見ろ」


 エリシアは姿勢を崩さない。


 視線だけを、ほんの少しレオンへ向ける。


「書類を処理するだけじゃない。流れを見て、優先順位をつけ、詰まりを戻す。副官なら、最低限それが分かるようになれ」


 ダリオが真面目な顔で頷いた。


「はい」


 ヴァルドも静かに頷く。


「承知しております」


 そこで、ダリオが少しだけ表情を改めた。


「本来なら、団長のそばで働ける立場にあるのは光栄なことです。これまでは副団長の下についていましたが、不満があったわけではありません」


 ヴァルドも続ける。


「団長の命令でしたので、その役目を務めておりました。ですが、どういう形であれ、団長の下で働く機会をいただけるなら、ありがたく務めます」


 二人とも、特別に熱っぽいことを言っているわけではない。


 ただ、当然の敬意として言っていた。


 レオンは頷いた。


「なら覚えろ」


 短い。


「エリシアには、来た人員の教育と監督を任せている。分からないことは聞け。真似できるところは真似しろ」


「はい」


「承知いたしました」


 ダリオとヴァルドが答える。


 レオンはさらに、シエラとミナへ視線を移した。


「書記官も同じだ」


「はい」


 シエラが落ち着いて返事をする。


 ミナも慌てて背筋を伸ばした。


「は、はい」


「ここは処理場だが、同時に教育の場でもある。第七で処理して終わりじゃない。戻った後、自分たちの騎士団で回せるようにしろ」


 シエラが丁寧に頭を下げた。


「承知いたしました」


 ミナも続く。


「学ばせていただきます」


 レオンは最後に全員を見る。


「分かったら働け」


 それだけだった。


 全員、黙る。


 そして。


 ――地獄が始まった。


■第七騎士団 本庁 執務室――同日。


 机。


 机。


 机。


 紙。


 紙。


 紙。


 山。


 山。


 山。


「次!」


「こっち終わりました!」


「回せ!」


 声が飛び交う。


 止まらない。


 だが、多すぎる。


「これ、第十の分だ!」


「第二も来てるぞ!」


「混ぜるな!!」


 もう混ざりかけている。


 カオスだった。


 それでも、完全には崩れていない。


 その中で、イリスは静かに座っていた。


 書類を一枚ずつ見て、流れを分ける。


「こちらは第十へ」


「こちらは第二で処理可能です」


「この束は、先に確認だけ通した方がよいかと」


 的確。


 速い。


 だが、押さない。


 エリシアは別の机の前で指示を飛ばしている。


「その順序では遅れます」


「こちらを先に」


「確認済みと未確認を混ぜないでください」


「ダリオ、今の束は第二のものです。第十の処理棚へ置かないでください」


「失礼しました」


「ヴァルド、その記録は残してください。戻した後の確認に使います」


「分かりました」


 正確。


 迷いがない。


 イリスは流れの歪みを見て、静かに整える。


 エリシアは全体を締め、処理手順を固定する。


 違う。


 けれど、噛み合っている。


 リリアが書類を抱えて走る。


「これ、どこですか!」


 イリスが見る。


「こちらです」


 エリシアが補足する。


「優先度は低いですが、今処理しておきなさい」


「はい!」


 迷いが消える。


 リリアが走る。


「次、運びます!」


 声を出す。


 空気が動く。


 周りも引きずられる。


 ダリオが手元の書類を見ながら、少し息を吐いた。


「……なるほど。分ける前に、戻す先を決めないと詰まるんですね」


「そうです」


 エリシアが即座に答える。


「先に置き場所だけ増やすと、書類の山が増えるだけです」


「耳が痛いですね」


 ダリオは苦笑する。


 ヴァルドは別の束を確認しながら、低く言った。


「こちらは、第十で処理できるものと、団長確認が必要なものが混じっています」


「分けてください」


「はい」


 シエラは手元の帳面に、処理手順を書き残している。


「戻す時は、この分類名をそのまま使った方がよろしいでしょうか」


「ええ」


 エリシアが頷く。


「向こうで別の名称にすると、また詰まります。最初は同じ名前で統一してください」


「承知しました」


 ミナは必死に書いている。


「す、すみません、これ――!」


「大丈夫です、こちらに」


 イリスが受ける。


 エリシアが横から見る。


「ミナ、その書式は残してください。後で第二と第十のどちらでも使える見本にします」


「は、はい!」


「慌てなくて構いません。間違えて戻す方が遅れます」


「はい!」


 リリアが運ぶ。


 イリスが分ける。


 エリシアが締める。


 ダリオとヴァルドが確認する。


 シエラとミナが記録する。


 流れる。


 止まらない。


 そして、少しずつ整い始める。


 レオンは少し離れて立っていた。


 腕を組み、全体を見る。


 騒がしい。


 だが、崩れてはいない。


(……回ってるな)


 小さく息を吐く。


 クリスが隣に来た。


「地獄だな」


「だな」


 短い会話だった。


 だが、どこか楽しそうでもある。


「それにしても、エリシアは完全に教官だな」


「ああ」


「副官二人が、普通に真面目に聞いてるのもいいな」


「聞かなきゃ困る」


 レオンは淡々と返す。


「副官だから剣だけできればいい、はもう通らない」


「厳しいねえ」


「必要だ」


 クリスは軽く笑った。


「まあ、お前のそばにいる副官があれだからな」


 レオンは返事をしなかった。


 否定もしなかった。


 夕方。


 書類の山は、確実に減っていた。


 終わったわけではない。


 だが、見える形にはなっている。


「……終わりが見えます」


 シエラが呟いた。


 誰かが笑う。


 疲れている。


 だが、達成感がある。


 リリアが大きく息を吐いた。


「つ、つかれた……」


 正直だった。


 イリスが少しだけ笑う。


「お疲れ様です」


 エリシアが書類をまとめる。


「まだ終わっておりません」


 冷静。


 だが、ほんの少しだけ声が柔らかい。


 ダリオは自分の手元の束を見て、小さく頷いた。


「戻す時は、この順番のまま戻さないと意味がないわけですね」


「そうです」


 エリシアが答える。


「処理した結果だけを持ち帰っても、次に同じ詰まり方をします。戻すのは書類だけではありません。処理の流れです」


 ヴァルドが静かに頷いた。


「理解しました。第十へ戻す時は、確認棚から整えます」


「それがよいでしょう」


 シエラは帳面を閉じる。


「今日だけでも、いくつか手順を直せそうです」


 ミナも小さく頷いた。


「最初は、何が何だか分かりませんでしたけど……少し、見えました」


 エリシアは淡々と頷く。


「それなら十分です。初日で全部できる必要はありません」


 レオンが言った。


「今日はここまでだ」


 一斉に動きが止まる。


 静寂。


 そして、誰かが笑った。


 それが広がる。


 疲労。


 達成。


 その二つが混ざる。


(……悪くない)


 レオンはそう思った。


 ――その時だった。


 ヴァルドが、ふと顔を上げた。


「……なあ」


 低い声。


 ダリオがそちらを見る。


「どうしました」


「……いや」


 ヴァルドは少しだけ眉をひそめる。


 シエラも周囲を見る。


「……何か」


 ミナも、手を止めた。


「え……?」


 周囲。


 第七騎士団の面々。


 ――見ている。


 妙に。


 じっと。


 四人を。


「……なんだ?」


 ダリオが言う。


 ヴァルドが目を細める。


「……なぜ、見られている」


 答えはない。


 だが、視線は外れない。


 クリスが横で小さく笑った。


(あー、気づいたか)


 誰も何も言わない。


 どこか満足そうに。


 あるいは――期待するように。


 第七の騎士たちは、その光景を見ていた。


 四人は顔を見合わせる。


「……何か、あるのでしょうか」


 シエラが小さく言う。


「分かりません」


 ミナが不安そうに答える。


 ダリオは困ったように眉を下げた。


「落ち着かないな」


 ヴァルドも静かに頷く。


「あまり、普通の視線ではない」


 理由は、誰も教えない。


 ただ一つ、確かなのは。


 この騎士団は――少し、普通ではない。


 そして、その中心にいる人物もまた、やはり普通ではなかった。

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