行かせない理由
――帝国暦三二〇年・秋終盤
東ロンバルディア帝国騎士団領
第七騎士団 本庁・執務室――午前。
静かな空気。
レオンとクリスが向かい合っている。
机の上には書類が整っている。
だが量が多い。
「……落ち着いたな」
レオンが言う。
「落ち着いたっていうか、うまく回り始めたな」
クリスが軽く肩をすくめる。
「三人、いい感じに噛み合ってる」
「正直、あそこまで上手くいくとは思ってなかった」
レオンは目を細める。
「……あの皇女殿下は、想定以上だな」
「お前、言い方」
クリスが苦笑する。
「でも間違ってない」
すぐに続ける。
「第十の書類、まだ詰まってるだろ」
「ああ」
「そろそろ手を入れるか」
レオンは迷わない。
「応援を出す」
「だな」
クリスも頷く。
「ただ」
「皇女殿下は客人だ」
「副官のエリシアは外せない」
視線が自然と一つに向く。
「……リリアか」
「だな」
クリスが即答する。
「長期で第十に回す」
「一番丸い」
合理的。
問題はない。
――はずだった。
午後。
執務室の扉が開く。
勢いよく。
「団長!!」
声。
一人じゃない。
次々と入ってくる。
騎士たち。
数が多い。
「……なんだ」
レオンが眉をひそめる。
前に出た騎士が叫ぶ。
「姫様を――」
一瞬、言葉が詰まる。
「行かせないでください!!」
声が揃う。
さらに。
「姫様がいないと困ります!」
「朝が……!」
「空気が……!」
「……業務に支障が出ます!!」
最後だけ整える。
だが。ほとんど感情だ。
レオンは無言で見る。
そして、小さく息を吐く。
(……なるほどな)
理解する。
論理ではない。
完全に情だ。
その時、後ろで扉が開く。
エリシアが入ってくる。
すぐ止まり、状況を見る。
騎士たちの涙。
訴え。
「……何をしているのですか」
低く静かに。
だが、冷えている視線。
騎士たちが一瞬固まる。
それでも。
「姫様を第十に出すと聞きました!」
誰かが言う。
エリシアの眉がわずかに寄る。
「……それがどうかしましたか」
冷静。
「業務上、必要であれば当然の配置です」
正論。
「それでもです!!」
引かない。
視線がレオンに集まる。
逃がさない。
動かない。
エリシアが小さく息を吐く。
(……本当に)
(感情で動く人たちですわね)
呆れる。
だが否定しきれないのも、事実。
レオンは腕を組む。
しばらく黙る。
全員がこちらを見る。
(……面倒だな)
小さく息を吐く。
「……わかった」
一言。
空気が止まる。
「リリアは出さない」
一斉に顔が上がる。
安堵、歓声。
「その代わりだ」
視線が戻る。
「第十の書類も、第七で処理する」
一瞬の沈黙。
「……は?」
誰かが漏らす。
「量は増える」
「その分、お前らが動け」
短く。
「できるな?」
逃げ道はない。
自分たちで選んだ。
「……やります!」
「当然です!」
「任せてください!」
今度は揃う。
覚悟で。
レオンは頷く。
「決まりだ」
それで終わる。
騎士たちは一斉に動き出す。
嵐のように去る。
扉が閉まる。
静寂。
少しして。
「……あいつら」
レオンが呟く。
呆れた声。
クリスが笑う。
「人気者だな、姫様」
「お前も止めろよ」
「無理だろ」
軽いが、的確。
エリシアは静かに書類を見る。
「……非効率ですわね」
淡々と。
「ですが」
ほんのわずかに間を置く。
「……士気は上がっております」
認める。
レオンが少しだけ笑う
「回るならいい。」
一言、それで十分だった。




