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頼るという選択

 ――帝国暦三二〇年・秋終盤

 東ロンバルディア帝国騎士団領

 第七騎士団 本庁――夜。


 人の気配は、ほとんどない。

 残っているのは、灯りと紙の音だけ。

 エリシアは机に向かっている。

 書類が広がっている。

 補給計画。

 配置。

 日程。

 すべては揃っている。

 ――はずだった。


(……足りない)

 視線が止まる。


 一箇所。

 ほんのわずかな無理。

 回るけど。

 続かない。


(……削るしかないですわね)

 判断は早い。

 慣れている。


 そのとき。

 昼の光景が浮かぶ。

 イリスの止めずに整えたやり方。

 無理を残さなかった配置。


(……別の方法もある)

 一瞬迷う。


 ペンを置き立ち上がる。

 廊下へ出る。

 足音は迷いなく。

 止まる。

 一つの扉の前。

 軽く、ノック。


「……どうぞ」

 イリスの声。

 エリシアは扉を開ける。

「お忙しいところ、失礼いたします、皇女殿下」

 変わらない呼び方。

 変わらない姿勢。


 たが今回は、目的が違う。

「少し、ご相談してもよろしいでしょうか」

 イリスは顔を上げる。

「ええ、構いません」


 エリシアは中に入る。

 書類を差し出す。

「補給計画です」

「現状でも運用は可能ですが」


「わずかに無理が残ります」

 正確な説明。

「削ることもできますが」

 そこで、止まる。

 言葉を選ぶ。

「……より良い方法があればと」


 遠回しながらも十分に伝わる。

 イリスは書類を受け取る。

 目を通す。

 静かに。

 急がない。


「こちらを少しだけ変えます」

 一箇所を指す。

「この順序を入れ替えて」

「補給を分割します」

 自然な声。

 押さない。


「そうしますと」

「全体の流れは維持したまま、負担が分散されます」

 簡潔で無理がない。

 エリシアはそれを見る。

 頭の中で組み立てる。


(……成立しますわね)

 否定できない。

 むしろ。

 自分の案よりも、滑らかだ。

「……問題ありません」

 静かに言う。

 それが評価。


 イリスは頷く。

「よかったです」

 それだけ。

 誇らない。

 求めない。

 エリシアは書類を受け取る。


「……ありがとうございます」

 短く。

 だが、はっきりと。

 初めて。

 自分から言う。


 イリスは少しだけ目を細める。

「お役に立てたのであれば、何よりです」

 やわらかく返す。

 それで終わる。

 それ以上は何もない。


 エリシアは軽く一礼する。

「失礼いたします、殿下」

 扉へ向かう。

 開ける。

 外に出る。


 静かな廊下。

 足を止める。

(……頼りましたわね)

 小さく思う。

 否定はしない。

 後悔もない。


(……悪くありません)

 そのまま歩き出す。

 足取りは、少しだけ軽い。


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