同じ速度で
――帝国暦三二〇年・秋終盤
東ロンバルディア帝国騎士団領
第七騎士団 本庁――夕方。
人が減り始める時間。
それでも。
仕事は残っている。
エリシアは机に向かう。
書類を整える。
順番を確認する。
無駄はない。
崩れもない。
そのとき。
「こちら、確認をお願いできますか」
イリスの声。
静か。
いつも通り。
エリシアは顔を上げる。
「……イリス皇女殿下」
呼び方は変えない。
距離もまだ、ある。
書類を受け取る。
目を通す。
すぐに気づく。
「……この配置では、遅れます」
短く言う。
遠慮はない。
「はい」
イリスは頷く。
「その通りです」
否定しない。
「どう修正されますか?」
エリシアの手が、わずかに止まる。
(……聞くのね)
試されているわけではない。
ただ、求められている。
「こちらを先に通します」
自然に口に出る。
「この部分は後回しに」
「連動している箇所は、一度切り離します」
いつものやり方。
止めないための配置。
イリスは静かに聞いている。
途中で口を挟まない。
最後まで。
「……以上です」
言い切る。
イリスは小さく頷く。
「ありがとうございます」
それだけ。
評価もしない。
否定もしない。
ただ、受け取る。
そして手が動く。
書類が並び替えられる。
エリシアの指示通りに。
正確に。
迷いなく。
(……そのまま)
余計なことをしない。
押し広げない。
ただ再現する。
流れが整う。
止まらない。
遅れない。
そして無理もない。
エリシアはそれを見る。
数秒間、何も言わない。
(……違う)
前とは。
押してこない。
上書きもしない。
合わせている。
(……なら)
ほんのわずかに。
考えが変わる。
「……その配置で問題ありません」
静かに言う。
肯定。
初めての。
はっきりとした。
イリスは頷く。
「ありがとうございます」
それだけ。
空気が少しだけ変わる。
リリアが遠くからそれを見る。
(……あ)
気づく。
さっきまでと違う。
ぶつかっていない。
でも離れてもいない。
同じ速度。
それだけ。
レオンは壁にもたれている。
腕を組み。
静かに見ている。
(……いいな)
短く思う。
口には出さない。
その必要もない。
エリシアは再び机に向かう。
イリスも同じように座る。
距離は変わらない。
呼び方も。
ほんの少しだけ。
やりやすくなっている。
(……悪くないですわ)
小さく、そう思った。




