揃え続ける者
――帝国暦三二〇年・秋終盤
東ロンバルディア帝国騎士団領
第七騎士団 本庁――夜。
人の気配が減る。
静かになる。
それでも。
机の上には書類が残っている。
エリシアは椅子に座り、ペンを走らせる。
止まらない。
一定の速度。
迷いはない。
整っている。
それが、当たり前。
――ふと。
手が止まる。
昼のやり取りが、頭に浮かぶ。
「回ることと、正しいことは別です」
イリスの声。
(……正しい)
認める。
否定はできない。
(だから、困るのよ)
ペンを置く。
小さく息を吐く。
(その通りにしたら)
(回らなくなる)
エリシアは知っている。
人は、揃わない。
書類は、ずれる。
予定は、崩れる。
それでも。
止めてはいけない。
止まった瞬間に、遅れが積み重なる。
だから多少の誤差は許容する。
多少の無理は飲み込む。
それが、“現場”だ。
(あの人は)
イリスの姿が浮かぶ。
押さない。
急がない。
それでも。
整えてしまう。
(……ずるい)
小さく、そう思う。
努力していないわけではない。
でも無理をしていない。
それでも、成立している。
(同じやり方では)
(無理よ)
エリシアは視線を落とす。
自分の書類は完璧ではない。
しかし、回っている。
止まっていない。
それでいい。
そう、してきた。
そう、してきたはずだ。
(……でも)
ほんのわずかに。
揺れる。
昼の光景。
止めずに整えたやり方。
あれが、できるのなら。
――もっと、良くなるのではないか。
その考えを、すぐに切る。
(必要ない)
強く。
(現場は、理想で動かない)
それで、十分。
そう結論づける。
ペンを取り直す。
再び、書き始める。
一定の速度。
迷いはない。
そのとき。
足音が一つ、廊下に響く。
止まる。
扉の前。
だが、ノックはない。
少しだけ間があって。
足音が遠ざかる。
エリシアは顔を上げない。
確認もしない。
ただ、ペンを走らせる。
(……必要ない)
もう一度、繰り返す。
自分に。
そう言い聞かせるように。
書類は整っていく。
止まらない。
揃え続ける。
それが。
自分の役割だから。




