第十一騎士団と動かない男(後)――離れない理由
――帝国暦三二〇年・秋終盤 東ロンバルディア帝国騎士団領 第七騎士団 本庁――
いつも通りの執務室。
書類が並び、音が整っている。
「……聞いたぞ」
レオンがぽつりと言う。
向かいに立つ、ノイン。
「第十一の話だ」
「はい」
短く返す。
「断ったらしいな」
「はい」
それ以上はない。
レオンは少しだけ考える。
(おかしい)
あのノインが。
合理で動く男が。
最適解を捨てる。
「……理由、聞いてもいいか」
静かな問い。
強制ではない。
ただの興味。
ノインは一瞬だけ、沈黙する。
「……可能であれば」
前置き。
「団長のもとで、働き続けたいと考えております」
その言葉。
まっすぐで、曇りがない。
レオンは一瞬、言葉を失う。
(……そうか)
胸の奥に、少しだけ熱が灯る。
「……そうか」
それしか言えなかった。
「ありがたいな」
本音だった。
ノインは何も言わない。
ただ、わずかに頭を下げる。
それで会話は終わる。
静かに、自然に。
――その様子を。
エリシアは、横で見ていた。
(……違う)
理解している。
長年、見てきたからこそ。
(団長ではない)
ノインの視線。
その“ほんのわずかなズレ”。
向く先は――
ノインの執務室の端。
卓上。
そこにある、小さな姿絵。
柔らかな笑顔の少女。
リリア。
(……信じがたいですね)
ほんのわずかに、思考が揺れる。
(あの副団長が)
規律第一。
私情排除。
それを体現し続けてきた男。
(誰よりも“正しさ”に忠実だった人が)
視線を逸らさず、現実を見る。
(……あのようになるとは)
驚きは、小さい。
だが確かに、その事実がある。
そしてすぐに、それを心に押し込める。
(……ですが)
感情ではなく、評価する。
(職務に支障はない)
統率も、判断も。
精度は一切落ちていない。
(ならば問題はない)
それが、エリシアの結論だった。
そのとき。
「お兄さま」
扉が開く。
リリアが顔を出す。
いつも通りの笑顔。
空気が、少しだけ柔らぐ。
「こちら、まとめておきました」
「……ああ、助かる」
レオンが受け取る。
ノインの視線は――
一瞬だけ、そこに向く。
ほんの一瞬。
誰も気づかない程度。
だが。
(……やはり)
エリシアは確信する。
(離れたくないのは)
(あの人のためではない)
静かな理解。
そして。
(……それでも)
わずかに目を伏せる。
(正しさは、崩れていない)
でも。
(問題はない)
そう結論づける。
レオンは知らない。
ノインの本当の理由を。
そしてそれでいいと、誰もが思っている。
ただ一人を除いて。
(……本当に困った人ですね)
それでも。
その男は今日も――
完璧に、職務をこなしていた。
その一人の判断によって――
第十一騎士団の編成は、静かに遅れていくことになる。




