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やめたい騎士団長は、なぜか昇進し続ける  作者: サザルト
第1章 騎士団長編

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第56話 第十一騎士団と動かない男(前)

――帝国暦三二〇年・秋終盤 ヴェリア帝国東ロンバルディア 帝国騎士団領 総騎士団本庁 会議室――


 重い空気が、静かに沈んでいた。


 机の上には、再編計画の最終案が置かれている。複数の騎士団から人員を抽出し、空白となっていた機能を補うための新体制。


 その中核となるのが、第十一騎士団の新設だった。


「――以上が、再編計画の最終案です」


 書類が置かれる。

 誰もすぐには口を開かない。


 内容そのものに、大きな異論はなかった。


 第十一騎士団、新設。


 必要な部隊。

 必要な権限。

 必要な役割。


 問題は、誰をその団長に据えるかだった。


「団長候補は一名」


 その声に、会議室の視線が自然と集まる。


「ノイン・ヴァルツェン。現第七騎士団副団長」


 当然だった。


 実績。

 統率。

 安定性。


 どれを取っても文句がない。


 第七騎士団長である若いレオンハルト・ヴァイスの下で、副団長として部隊を支える男。


 レオンのように目立つわけではない。


 だが、崩れない。


 揺れない。


 任せた仕事を確実に形にする。


 新設騎士団の初代団長として、これ以上ない人材だった。


「異論は?」


 ない。


 むしろ、遅いくらいだという空気すらあった。


「では、本人への正式打診を――」


 その時。


「……一つ、確認を」


 誰かが口を開いた。


 視線が向く。


「本人の意思は?」


 わずかな間。

 会議室の空気が、少しだけ止まる。


「意思?」


「はい」


「栄転だぞ」


「承知しています」


「なら、問題はあるまい」


 そう返されても、質問した者は引かなかった。


「ただ、ノイン・ヴァルツェンです」


 その名前だけで、数人が黙る。


 有能。

 堅実。

 忠実。


 だが、同時に。


 簡単には動かない男でもあった。


「……一応、確認はしておきましょう」


 形だけの確認。

 誰もが、そう思っていた。


 断る理由などない。


 副団長から新設騎士団長へ。


 騎士としては、十分すぎるほどの昇進だった。


 ■総騎士団本庁 会議室――


 ほどなくして、ノインが呼ばれた。


 扉が開く。


 ノイン・ヴァルツェンが入室する。


 背筋はまっすぐ。

 歩幅は一定。


 無駄な動きはない。


 会議室の中央で足を止め、静かに一礼した。


「ノイン・ヴァルツェンです」


「本題に入る」


 前置きはなかった。


「第十一騎士団の新設に伴い、貴殿を初代団長候補としている」


 ノインは表情を変えない。


「正式に、第十一騎士団長への就任を打診する」


 ほんの一瞬の静寂。


 会議室の誰もが、答えを待っていた。


 受ける。

 そう思っていた。


 受けるしかない、とすら思っていた。


 だが。


「……辞退いたします」


 空気が止まった。

 誰かが、わずかに息を呑む。


「辞退?」


「はい」


 ノインの声は静かだった。


 迷いも、揺れもない。


「理由を聞かせてもらおう」


 当然の問いだった。


 昇進を断る。


 新設騎士団の初代団長を断る。

 それだけの理由が、あるはずだった。


 けれど。


「申し上げることはありません」


 ノインは淡々と答えた。


 会議室の空気が、さらに重くなる。


「理由がない、ということか」


「いいえ」


「では、理由はあるのだな」


「あります」


「ならば、述べよ」


「申し上げることはありません」


 同じ答え。


 静かで、固い。

 言葉だけなら無礼に近い。


 だが、ノインの態度には反抗の気配がない。


 怒りもない。

 不満もない。

 ただ、動かない。


 その場に立ったまま、静かに拒んでいる。


「これは命令ではない」


 確認するように言われる。


 ノインは、わずかに顔を上げた。


「打診であれば」


 短く区切る。


「私は、今の地位に残ります」


 それだけだった。


 それ以上は語らない。


「第七騎士団に、という意味か」


「はい」


「副団長のまま残ると?」


「はい」


「第十一騎士団長の席を断ってまでか」


「はい」


 即答する。


 全く迷いがない。


 会議室に、理解できないという沈黙が広がる。


「……理解できん」


 誰かが呟いた。


「昇進を断る理由がない」


 正論だった。


 権限も増える。

 名誉もある。


 新設騎士団の初代団長という肩書きは、騎士団史にも残る。


 断るには、あまりにも重い。


 だが。


「それでもです」


 ノインは揺るがない。


 その姿に、言葉が続かなかった。


 説得しようにも、理由が見えない。

 責めようにも、違反ではない。


 命令ではなく打診である以上、拒否は可能だった。


 そして、ノインはその隙間に一歩も動かず立っている。


「……保留とする」


 結論は、それしかなかった。


 強制すれば、意味がない。

 納得がなければ、機能しない。


 新設騎士団の初代団長に据えるなら、なおさらだ。形だけ従わせたところで、組織は動かない。


 ノイン・ヴァルツェンは、そういう男だった。


「下がってよい」


「失礼いたします」


 ノインは一礼する。


 入ってきた時と同じ歩幅で、同じ速度で、会議室を出ていく。


 扉が閉まる。


 残されたのは、重い沈黙だった。


「……なぜだ!」


 誰かが言った。


 誰も答えられない。


 資料の上では、すべてが整っていた。


 人事としても、組織としても、何も間違っていない。


 それなのに。


 ただ一人。


 動かない男がいた。

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