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近づく声

 ――帝国暦三二〇年・秋終盤

 東ロンバルディア帝国騎士団領 第七騎士団 本庁・中庭――その一角。


 最近、レオンの姿はそこにあることが増えた。


「それで、その港町は?」

「昼と夜で、まるで別の場所のように見えるのです」


 イリスが静かに語る。

「灯りの色も、人の声も」

「昼は仕事の音、夜は生きる音に変わる」

 レオンは頷く。

「……面白いな」

「ええ」

 わずかに微笑む。


 自然な会話。

 無理がない。

(……楽だな)

 気を使わない。

 説明もいらない。


「レオン様は、どこに行ってみたいのですか?」

「……海だな」

 即座に答える

「ではまず、そこからですね」

 軽く笑う。


 そのやり取りを。

 少し離れた場所で、二人が見ている。

 エリシアと、リリア。


(……あの顔)

 エリシアは気づく。

 レオンが、楽しそうに話している。

 仕事では見せない表情。

(……私は)

 あの顔を、引き出せていただろうか。

 答えは出ない。


 隣で。

(……兄様楽しそう)

 リリアは視線を外さない。

 知らない時間。

 知らない会話。


(……でも)

 ほんの少しだけ、息を吐く。

(イリス様は悪い人じゃない)

 それはわかっている。

 一緒に過ごして、感じている。

(……でもちょっとだけ)

 視線が細くなる。

(危ない)

 理由はうまく言えない。

 ただこのままでは。

(……変わる)

 その予感だけが、リリアに残る。



 その日の執務室。

「こちら、処理終わりました」

 リリアが言う。

「助かる」

 レオンが返す。

「本当に有能だな」

 自然に出た言葉。

 リリアは一瞬だけ目を見開く。

「……ありがとうございます」

 嬉しいれど。


「イリスも、判断が早い」

 続く言葉。

「状況の見方がいい」

 無意識。

 ただ思ったことを口にしただけ。

 それだけなのに。

 空気が、わずかに変わる。


 エリシアの手が止まる。

(……並べられた)

 意図はない。

 だからこそ。

(……差が出る)


「さすが皇女殿下ですね」

 エリシアが言う。

 声は変わらない。

 でもわずかに、硬い。


「いえ」

 イリスは首を振る。

「見てきたものが違うだけです」

 淡々と、否定でも誇示でもない。

 ただの事実。


(……届かない)

 エリシアは思う。

 同じ場所に立っていない。


 一方、リリアは静かに微笑む。

「素晴らしいですね」

 やわらかく言い、そのままイリスを見る。


(……すごい)

 素直に思う。

 認めている。

(……でもちょっとだけ)

 胸の奥が引っかかる。

(……やっぱり怖い)

 それは敵意ではない。

 変わってしまいそうなものへの感覚。


 その夕方

「レオン様」

 イリスが呼ぶ。

「なんだ」

「少し、お話よろしいでしょうか」

「いいぞ」


 迷いがない。

 二人は並んで歩き出す。

 その背中をエリシアは見ている。

(……レオンが迷わない)

 以前とは違う。

 自然に、選ばれている。

 傍でリリアも見ている。


(……当たり前みたいに)

 隣にいる。

 日常のように。

 二人の背中が遠ざかる。


「……エリシアさん」

 リリアが静かに呼ぶ。

「はい」

「このままで、よろしいのでしょうか」


 エリシアはすぐには答えない。

(……よくありません)

 わかっている。

 だが。

(……止めるのも違う)

 それもわかっているのに。


「……わかりません」

 正直に言う。

 初めて、未知。


 リリアは小さく頷く。

(……なら)

 決める。

(もう少しだけ、頑張ろう)

 静かな決意。


 エリシアはそれを見て、

 ほんのわずかに目を伏せる。

(……頼ってしまいますわね)

 本来の役目を。

 それでも。

(……今は答えがでない)

 そう思ってしまう。


 レオンの中では。

 もう止められない変化が起きていた。

 イリスと話す時間。

 それが、当たり前になりつつある。

 

 その“当たり前”が。

 静かに、周囲を変えていく。


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