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本当の姫様

 ――帝国暦三二〇年・秋中頃

 東ロンバルディア帝国騎士団領

 第七騎士団 本庁前――


 朝、屋敷を出る。

 レオン、リリア、イリス。

 三人で並んで歩く。

 言葉は少ない。

 空気は整っている。

 やがて、本庁前が見えてくる。


 整列るり騎士達。

 無駄のない配置。

 揃った足並み。

 静かな緊張。


「姫様、おはようございます!」

 声が揃う。

 一糸乱れぬ礼。

 視線が、まっすぐ向けられる。

 イリスの足が、わずかに止まる。


(……私に?)

 自然に、そう思う。

 この整い方。

 この空気。

 “姫様”という呼びかけ。

(……そういうものか)


 理解しかける。

 だが、その隣で。

「ち、違います!」

 リリアが慌てて一歩前に出る。

「すみません、皇女様にじゃなくて、私にです!」


 空気が止まる。

 イリスはゆっくりと瞬きをする。

「……そうでしたか」

 静かに返す。

 リリアはさらに慌てる。

「すみません、驚かせてしまって……!」

 ぺこりと頭を下げる。


 レオンが横で息を吐く。

「……毎朝だ」

 呆れた声。

「気にするな」


 特別ではない。

 ただの日常。

 リリアは少しだけ顔を上げて、騎士たちの方を見る。


「おはようございます!」

 今度は、自分から。

 少しだけ大きな声。

 まだぎこちない。

 でもちゃんと届く声。


「おはようございます、姫様!」

 返ってくる声。

 皆揃っている。

 だが、先ほどより少しだけ柔らかい。

 誰かが笑みを浮かべる。

 誰かが、わずかに姿勢を正す。

 その変化は小さくない。


 リリアはぱっと表情を明るくする。

「……!」

 嬉しそうに、少しだけ胸を張る。

 理解りやすい。

 隠せていない表情。

 その様子に、また空気が少し緩む。


(……違う)

 イリスは気づく。

 これは形式ではない。

 命令でもない。

 すべてが自然に繋がっている。

 “姫様”という言葉も。

 与えられているのではなく。

 ひとりでに返されている。


 だから続いている。

 イリスはゆっくりと視線を巡らせる。

 無理がない。

(……こういう調和もある)

 ほんの少しだけ、認識が変わる。

 レオンはそれを横目で見ている。

 何も言わず、ただ歩き出す。

「行くぞ」

 それだけ。

 イリスも一歩遅れて歩き出す。



 ――廊下。

「さっきは、すみませんでした」

 リリアが改めて頭を下げる。

「勘違いさせてしまって」

 イリスは少しだけ首を振る。

「いえ、問題ありません」


「むしろ、興味深かった」

 リリアが少し驚く。

「そうですか?」

 イリスは頷く。

「ええ」

「良い関係ですね」

 静かに言う。


 リリアは少し照れて笑う。

「えへへ……」

 二人は並んで歩き出す。


 距離は自然に近い。

 無理のない間隔。

 イリスは、ほんの少しだけ目を細める。

(……本当の姫様)

 声には出さない。

 だがイリスは、彼女を少し理解した。



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