理解する者
帝国暦三二〇年 秋初め
東ロンバルディア帝国騎士団領
ヴァイス邸 正門前に馬車が止まる。音は小さい。だが、その場の空気は確かに変わる。
扉が開く。イリス・ヴェル=ヴェリアは、静かに地面へ降り立った。視線が、自然と上がる。
門。
石造りの重厚な造り。
無駄がない。
装飾は最低限。
だが――
(……ある)
そこに、刻まれていた。
紋章。
白銀の剣。
縦に、真っ直ぐ。
その背後。
蒼い歯車。
静かに、重なっている。
イリスは、しばらく動かない。
ただ、見る。
(……綺麗)
最初に浮かんだのは、感想ではなかった。
理解だった。
剣。
それは単純だ。
力と決断。
最短の解。
だが。
(……後ろ)
歯車の回転連動。
個ではなく、全体。
(……そういうこと)
そこで、繋がる。
あの男。
レオンハルト・ヴァイス。
戦うだけではない。
“回している”。
組織を人を。
戦場すら。
(……なるほど)
イリスの口元が、ほんのわずかに緩む。
理解したからだ。
なぜ、この地が成立しているのか。
なぜ、帝国が放置しているのか。
なぜ、兄が“面白い”と言ったのか。
(……一人で、二つやっている)
普通は分かれる。
剣の人間。
歯車の人間。
だが、あれは違う。
同時に存在している。
(……壊れるわね、普通は)
冷静な判断
だが。
(……壊れていない)
だからこそ。
(……危うい)
危険ではない。
“均衡している危うさ”。
そのとき。
「殿下」
声がかかる。
案内役の騎士。
「ご案内いたします」
「ええ」
イリスは、最後にもう一度だけ紋章を見る。
白銀の剣。
蒼い歯車。
(……いいわ)
小さく、心の中で呟く。
(来て正解)
歩き出す門の内へ。
その先にいるのは。
紋章そのものの男。
そして、まだ誰も気づいていない。
その歯車の一つが、
これから“自分になる”ことに。




