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揃わない椅子

 ――帝国暦三五〇年・夏中頃 総騎士団本庁――


 石造りの大広間は、無駄なく整えられていた。長い机、等間隔に並ぶ椅子。

 誰も触れていないのに、揃っている。

 それが、この場所の“当たり前”だった。

 騎士団幹部たちが席についている。

 皆か鎧ではない。


 だが、空気はそれ以上に硬い。

 中央最上席には、まだ誰も座っていない。

 扉が開く、静かに。

 やがて確実に空気を変える音。

 総騎士団長が入ってくる。


 年老いてはいる。

 だが、どっしりとして衰えは見えない。

 席に着く。


「待たせたな」

 それだけで、場が揃う。

 視線が集まる。

「本日は、ひとつ伝える」

 無駄のない言葉。

「来年をもって、私は退く」


 空気が沈む。

 驚きはない。

 だが、軽くもない。

「後任については」

「現在、候補を絞っている最中だ」

 静かな言葉。


 決まっていないという事実だけが残る。

 視線が動き、誰も口にはしない。

 その中で。

 レオンが口を開く。


「……質問を」

 低く、落ち着いた声。

 総長が頷く。

「許可する」

 レオンはわずかに視線を上げる。


「現状、団長有資格者は既に不足している」

「その上で、第一騎士団長まで不在になる」

 静かに続ける。

「その空白を、どう埋めるおつもりか」

 空気が、わずかに張る。


 個人ではない組織の話。

 だからこそ、重い。

 総長はしばらく黙る。

 視線を巡らせる。

 席と人、配置。

 その全てを確認するように。


「……急ぎはしない」

 静かな答え。

「来年までは、私がいる」

「その間に、形を整える」


 “整える”

 その言葉に、わずかに反応が走る。

 レオンは目を細める。

「なるほど」

 それ以上は何も言わない。

 十分だった。


 総長が立ち上がる。

「本日の議題は以上だ」

 会議は終わる。

 椅子は、まだ揃っている。

 だが中身は、揃っていない。

 そのズレだけが。

 静かに残っていた。



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