落とし物一枚で騎士団壊滅寸前
挿話全三話第一話
――帝国暦三二〇年・夏中頃
東ロンバルディア帝国騎士団領
第七騎士団 本庁大廊下――
磨かれた石床に、白い布が一枚。
「……ん?」
クリスが足を止める。
拾い上げる。
「ハンカチか」
上質な布地。
端には、見慣れた紋章。
白銀の剣と蒼い歯車。
「……ヴァイス家の紋章だな」
その一言。
「今、なんて?」
背後から声。
騎士ランド・フェルディン。
目が、嫌な輝きをしている。
「ヴァイス家だ」
クリスが答える。
「……姫様の?」
「いや、まだそうとは――」
「間違いない」
即断する。
「姫様の落とし物だ」
(なんで断定できる)
クリスが眉をひそめる。
ランドが手を伸ばす。
「それを寄越せ」
「やめろ」
軽く避ける。
「確認する」
「何をだ」
一瞬の沈黙。
「……香りを」
(やめろ)
止めるより早く、奪われる。
「おい――」
ハンカチが顔元へ。
すっと、息を吸う。
「……」
周囲が固まる。
「……どうだ」
誰かが聞く。
ランドは目を閉じる。
「……上品で、柔らかい香りだ」
(終わったな)
クリスが顔を押さえる。
「間違いない」
「姫様のものだ」
「違うだろ」
即ツッコミ。
だがもう遅い。
「貸せ!!」
「俺にも確認させろ!!」
「順番だ!!」
騎士たちが一斉に群がる。
「やめろ!!」
クリスが止めるが、
誰も聞かない。
「一瞬でいい!!」
「いや二回だ!!」
「増えてる!!」
ハンカチが回る。
「……確かにいい香りだ」
「だろ!?」
「待て俺まだ――」
(地獄だな)
気づけば。
「引っ張るな!!」
「破れる!!」
なぜか綱引き。
そのとき。
「何をしている」
低い声、一瞬で皆止まる。
レオンが立っていた。
空気が凍る。
ゆっくり歩み寄る。
視線がハンカチへ。
そして。
「……それ」
軽く言う。
「俺のだ」
完全な沈黙。
クリスは一瞬だけ目を細め、
素直に差し出す。
「どうぞ」
レオンは受け取り、
何事もなかったように去る。
「……」
ランドが固まる。
「……え?」
誰かが言う。
「団長の……?」
全員の視線が、ランドへ。
「お前さっき……」
「……香りって」
「……」
ランドが後ずさる。
「違う」
「これは違う」
「俺は何もしていない」
「してたぞ」
皆の即答。
クリスが吹き出す。
「はは……」
肩を震わせる。
「だから言っただろ」
「決めつけるなって」
誰も何も言えない。
さっきまでの熱は消え、
残ったのは気まずさだけ。
「……解散だな」
クリスが言う。
全員、静かに散っていく。
廊下に残るのは、いつもの静けさ。
クリスは一人、
軽く息を吐く。
「……ほんと、死ぬなこれ」
ぼそりと呟く。
その言葉だけが、妙に現実的だった。




