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父と娘――剣の先にあるもの

 帝国暦三二〇年 初夏

 東ロンバルディア帝国騎士団領

 第三騎士団 訓練場


 乾いた土の匂い。

 踏み固められた地面。

 整然と並ぶ武器架。

 その中央で。

 鋼がぶつかる。

「――っ」


 短い息。

 エリシア・グランフェルトが踏み込む。

 速く無駄のない一撃。


「甘い」

 低い声。ガン、と重い音が響く。

 剣が弾かれる。

 グラナート・グランフェルト。

 第三騎士団団長。

 その剣は、重く、正確だった。

「踏み込みが浅い」


 一歩、間合いを詰める。

「守りを残しすぎている」

 再び打ち込む。

 エリシアは受ける。

 重い、だが崩れない。

(……実戦では致命になります)

 息を整えながら思う。



「ですが」

 もう一歩、踏み込む。

「無駄に踏み込むのも、致命です」

 鋭い返し。


 わずかに、グラナートの眉が動く。

「……そうだな」

 受け流す。

 剣を止める。

 風が抜け旗が揺れる。

 グラナートは剣を下ろす。


「少し変わったな」

 ぽつりと。

「そうでしょうか」

「以前は、ここまで踏み込まなかった」

 エリシアは答えない。

(……あの人の影響)

 言葉にはしない。


 グラナートは、娘を見据える。

「……エリシア」

 声が変わる。

「はい」

 姿勢を正す。

「お前も、もう二十を過ぎた」

「はい」

「ならば、現実を見ろ」


 間を置かず言い切る。

「騎士は長くは続けられん」

「特に女はな」


 空気が張る。

「戦場に立ち続けるか」

「家に入るか」

「どちらかだ」

「中途半端は許されん」


 鋭い言葉に逃げ場はない。

 エリシアは、わずかに視線を落とす。

 だが、すぐに上げる。

「……理由を伺ってもよろしいでしょうか」


「必要だからだ」

「お前は戦える」

「だが、それは“選ばれる側”ではない」

 一歩、踏み込む。

「消耗する側だ」

 言葉が重い。

「いずれ削れ、届かなくなる」

「その時に、何も残らん」


 グラナートの目は逸れない。

「だから選べ」

「残る道をな」


 エリシアは剣を握る。

 わずかに強く。

「私は、騎士です」

 はっきりと言う。

「それが答えです」

 グラナートは、すぐには返さない。

 見ている。

 測っている。


「……そうか」

 一度だけ。

 だが、終わらせない。

「もう一つ、聞く」

 静かに。

「その理由は、“騎士だから”か」


「……それとも」

 鋭く。

「誰かの側にいるためか」



 長い沈黙が続く。

 エリシアの指が、わずかに震える。

「任務のためです」

 言い切る。

 揺れを消す。

 グラナートはそれを見て。

 何も言わない。


「……そうか」

 ただそれだけ。

 それ以上は踏み込まない。

 剣を構える。

「続けるぞ」

「はい」

 鋼が、再びぶつかる。

 先ほどより、強く深く。


(……未熟だな)

 グラナートの目が、わずかに細くなる。

(だが、折れてはいない)

 それだけは、確かだった。


 エリシアは踏み込む。

 もう一歩、深く。

(――まだ、ここにいる)

 その意思だけが、剣に宿っていた。


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