まじめな副団長の秘密
挿話
帝国暦三二〇年 初夏
東ロンバルディア帝国騎士団領
第七騎士団 本庁 副団長室前。
重厚な木製の扉。無駄な装飾は一切なく、
ただ実務のためだけに存在しているような質実剛健な造り。
その前に立つのは――
エリシア・グランフェルト。
「……失礼します」
軽くノック。
返答はない。
(不在でしょうか)
だが、扉はわずかに開いている。
「入ります」
静かに押し開ける。
室内は整然としていた。
書類は寸分の狂いもなく積まれ、棚には分類された資料が一列に並ぶ。机上もまた、無駄がない。
まさに“あの人らしい”。
第七騎士団副団長。
ノイン・ヴァルツェン。
堅物で知られる男。
規律第一。
私情排除。
騎士団の中でも、最も“感情から遠い人物”とすら言われている。
(さすがです)
エリシアは内心で頷く。
書類を机の端に置こうとした、そのとき。
「……?」
視界の端に、違和感。
机の奥。
そこに――
小さな額縁。
(……?)
この部屋に、明らかに“不釣り合い”な物。
視線が吸い寄せられる。
一歩、近づく。
そして。
「…………」
固まる。
そこにあったのは。
リリアの姿絵だった。
丁寧に描かれた横顔。
柔らかな微笑み。
完全に“あの空気”のやつだった。
(なぜここにあるのですか)
理解が追いつかない。
(副団長室ですよねここ)
間違いない。
(あのノイン副団長の、ですよね)
もう一度見る。
ある。確実にある。
しかも。
(配置が完璧……)
机の中心からわずかに外し、
だが視線を動かせば必ず入る位置。
計算されている。
(……本気だ)
その時。
「何をしている」
低い声に振り返る。
ノインが立っていた。
いつもの無表情。
隙がない。
「副団長」
エリシアは即座に姿勢を正す。
「資料を届けに」
「置いておけ」
短く、いつも通り。
(見られましたよね今)
確実に。
(どうするのですかこれは)
エリシアの思考が高速で回る。
言うべきか、言わないべきか。
「……何か問題でもあるか」
ノインが淡々と言う。
視線がわずかに机へ向く。
(自覚はあるのですね)
「いえ」
エリシアは答える。
「問題はありません」
「……ありませんが」
言葉が続きかける。
止める。
(違う)
これは、自分が踏み込む領域ではない。
「以上です」
踵を返し、扉へ向かう。
(見なかったことにします)
それが最善だ。
そう判断する。
(……なぜでしょう)
少しだけ。
理解してしまった気がする。
あの空気。
あの視線。
あの“静かな変化”。
(……似ていますね)
ほんのわずかに自分と。
エリシアは足を止めることなく、部屋を出る。
扉が静かに閉まる。
残された室内。
ノインは机に歩み寄る。
そして、何事もなかったかのように座る。
視線が、自然にそちらへ向く。
「……」
無言。
だがほんのわずかに。
ほんの、わずかだけ。
表情が緩んだ。
誰にも見られていない場所でだけ。




