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やめたい騎士団長は、なぜか昇進し続ける  作者: サザルト
第1章 騎士団長編
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第43話 まじめな副団長の秘密

挿話

 ――帝国暦三二〇年・初夏 ヴェリア帝国 東ロンバルディア 帝国騎士団領 第七騎士団 本庁 副団長室前――


 重厚な木製の扉。


 無駄な装飾は一切なく、ただ実務のためだけに存在しているような、質実剛健な造り。


 その前に立つのは、エリシア・グランフェルトだった。


「……失礼します」


 軽くノックする。


 返答はない。


(不在でしょうか)


 だが、扉はわずかに開いている。


「入ります」


 静かに押し開ける。


 室内は整然としていた。


 書類は寸分の狂いもなく積まれ、棚には分類された資料が一列に並んでいる。


 机上にも、無駄がない。


 まさに、あの人らしい。


 第七騎士団副団長。


 ノイン・ヴァルツェン。


 堅物で知られる男。


 規律第一。


 私情排除。


 騎士団の中でも、最も感情から遠い人物とすら言われている。


(さすがです)


 エリシアは内心で頷く。


 書類を机の端に置こうとした、その時。


「……?」


 視界の端に、違和感。


 机の奥。


 そこに、小さな額縁があった。


(……?)


 この部屋には、明らかに不釣り合いな物。


 視線が吸い寄せられる。


 一歩、近づく。


 そして。


「…………」


 固まる。


 そこにあったのは、リリアの姿絵だった。


 丁寧に描かれた横顔。


 柔らかな微笑み。


 完全に、あの空気のものだった。


(なぜここにあるのですか)


 理解が追いつかない。


(副団長室ですよね、ここ)


 間違いない。


(あのノイン副団長の、ですよね)


 もう一度見る。


 ある。


 確実にある。


 しかも。


(配置が完璧……)


 机の中心から、わずかに外している。


 だが、視線を動かせば必ず入る位置。


 計算されていた。


(……本気だ)


 その時。


「何をしている」


 低い声に、エリシアは振り返った。


 ノインが立っていた。


 いつもの無表情。


 隙がない。


「副団長」


 エリシアは即座に姿勢を正す。


「資料を届けに」


「置いておけ」


 短く、いつも通り。


(見られましたよね、今)


 確実に。


(どうするのですか、これは)


 エリシアの思考が高速で回る。


 言うべきか。


 言わないべきか。


「……何か問題でもあるか」


 ノインが淡々と言う。


 視線が、わずかに机へ向く。


(自覚はあるのですね)


「いえ」


 エリシアは答える。


「問題はありません」


「……ありませんが」


 言葉が続きかける。


 止める。


(違う)


 これは、自分が踏み込む領域ではない。


「以上です」


 踵を返し、扉へ向かう。


(見なかったことにします)


 それが最善だ。


 そう判断した。


(……なぜでしょう)


 少しだけ、理解してしまった気がする。


 あの空気。


 あの視線。


 あの、静かな変化。


(……似ていますね)


 ほんのわずかに、自分と。


 エリシアは足を止めることなく、部屋を出た。


 扉が静かに閉まる。

 残された室内。


 ノインは机に歩み寄る。

 そして、何事もなかったかのように座る。


 視線が、自然にそちらへ向く。


「……」


 無言。


 だが、ほんのわずかに。

 ほんの、わずかだけ。


 表情が緩んだ。


 エリシアは副団長室を離れ、本庁の執務室へ戻った。


 机に戻ると、リリアが書類を整理している。


「リリアさん」


「はい?」


 リリアが顔を上げる。


「少し、よろしいでしょうか?」


「もちろんです」


 エリシアは、いつも通りの声で尋ねた。


「突然ですが、ノイン副団長について、どう思われますか」


「ノイン様、ですか?」


 リリアは少し考える。


「とても真面目な方ですね」


「……そうですね」


「それに、丁寧な方です」


「丁寧」


「はい。あまり多くは話されませんが、必要なことはきちんと伝えてくださいますし」


 リリアは穏やかに微笑む。


「笑顔が、とても素敵です」


 エリシアの手が止まった。


「……笑顔」


「はい」


「ノイン副団長の、ですか」


「はい」


 リリアは不思議そうに首を傾げる。


「たまに、少しだけ笑われます」


「……そうですか」


 エリシアの中で、何かが静かに広がった。


 疑惑。

 違和感。


 そして、妙な納得。


(……笑うのですね)


 あの副団長が。

 あの部屋で。

 あの姿絵を置いて。


 そして、リリア様の前では笑う。


(なるほど)


 何がなるほどなのかは分からない。


 だが、確実に何かが繋がった気がした。


「エリシアさん?」


「いえ」


 エリシアは静かに首を横に振る。


「問題ありません」


「そうですか?」


「はい」


 問題はない。


 問題はないが。


(見なかったことにするには、少し遅かったかもしれません)


 エリシアは、いつもより少しだけ慎重に書類を整えた。



 誰にも見られていない場所でだけ。

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