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やめたい騎士団長は、なぜか昇進し続ける  作者: サザルト
第1章 騎士団長編

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第42話 親衛隊、揺れる

――帝国暦三二〇年・初夏 ヴェリア帝国 東ロンバルディア 帝国騎士団領 第七騎士団 本庁――談話室


「聞いたか?」


「聞いた」


「皇女殿下が来るらしい」


 第七騎士団本庁の片隅で、騎士たちがひそひそと話していた。


 声は小さい。

 だが、人数が多い。


 つまり、結局うるさい。


「皇女殿下だぞ」


「本物の皇女殿下だ」


「どんな方なんだろうな」


「やはり、気品があるのだろうか」


「物腰も柔らかいのだろうか」


「リリア様のような感じか?」


 その一言で、空気が変わった。


「……リリア様のような?」


「なるほど」


「皇女殿下ということは、姫君」


「姫君ということは」


「リリア様に近い可能性がある」


「いや、待て」


 マフガランが真顔で言った。


「それは早計だ」


「何がだ」


「リリア様はリリア様だ」


「皇女殿下は皇女殿下だ」


「混同してはならない」


「だが、姫君だぞ」


「確かに」


「本物の姫君だ」


「では、我々の姫様は?」


 かなりの重い沈黙か続く。


「……リリア様だ」


「当然だ」


「異論はない」


「ならば問題ない」


「いや、問題はある」


「何がだ」


「本物の姫君が来ることで、我々の中の姫様観が揺らぐ可能性がある」


「揺らがん」


「絶対に揺らがん」


「我々にとっての姫様は、リリア様ただ御一人」


 その場にいた騎士たちが、深く頷いた。


 そこへ。


「お前ら」


 クリスが通りかかった。


「朝から何の会議してんだ」


「皇女殿下来訪に関する意識統一です」


「お前ら、持ち場に戻って仕事しろ!」


 即答だった。


 クリスは騎士たちを見回す。


「で、何だ?」


「本物の皇女殿下が来るから、浮かれてんのか?」


「浮かれてはいません」


「緊張しているだけです」


「興味はあります」


「期待も少しあります」


「いや浮かれてるだろ」


 クリスは呆れたように言う。


 そして、にやりと笑った。


「お前ら、浮気してんのか?」


 空気が凍った。


「していません!!」


「断じて!!」


「我々はリリア様一筋です!!」


「皇女殿下への敬意と、リリア様への忠誠は別です!!」


「姫様はリリア様です!!」


「皇女殿下は皇女殿下です!!」


「混ぜてはいけません!!」


「うるせえな」


 クリスが耳を押さえる。

 だが、顔は笑っている。


「いや、でも正直ちょっと皇女殿下が気になっただろ?」


「ありません!!」


「ないと言い切れるか?」


「言い切れます!!」


「じゃあ、皇女殿下がリリアみたいな人だったら?」


 騎士たちが止まる。


「……それは」


「それは、かなり困る」


「困るのかよ」


「尊敬対象が増える可能性があります」


「増やすな」


「しかし、もしリリア様に似た気品をお持ちなら」


「敬意を払わねばなりません」


「それはそうだな」


「ですが、姫様はリリア様です」


「そこは固定なのか」


「固定です」


 クリスは腹を抱えかける。


「お前ら、本当に面倒くさいな」


「真剣です」


「余計に面白いんだよ」


 その時。


 廊下の向こうから、足音がした。


 軽い足音。

 規則正しい歩幅。


「あ」


 誰かが小さく言った。


 リリアだった。


 書類を抱えて、廊下を歩いてくる。


 騎士たちの背筋が、一斉に伸びた。


「リリア様!!」


「お疲れ様です!!」


 きれいに整列。

 完璧な敬礼。


 さっきまでのざわめきが嘘のように消えた。


 リリアは少し驚き、それでもやわらかく微笑む。


「お疲れさまです」


 それだけで、騎士たちの表情が引き締まる。


「本日の業務も、よろしくお願いします」


「はい!!」


「承知しました!!」


「必ずや!!」


「いえ、皆さんよろしくお願いします」


「はい!!」


 リリアは少し不思議そうに首を傾げながら、そのまま通り過ぎていった。


 足音が遠ざかる。


 静寂。


 クリスは、しばらくその光景を見ていた。


「……しつけみたいだな」


「何がですか」


 マフガランが真顔で聞く。


「いや、さっきまであんなに騒いでたのに、リリアが来た瞬間に整列しただろ」


「当然です」


「当然なのか」


「リリア様の前で乱れるなど、言語道断です」


「仕事中に騒ぐのはいいのか?」


「よくありません」


「分かってるなら仕事しろ」


「はい!!」


 騎士たちは一斉に散っていく。


 あまりにも統制が取れていた。

 クリスは、しばらくその背を見送る。


「……本当にしつけられてるな」


 そこへ、レオンが執務室から顔を出した。


「何の騒ぎだ」


「親衛隊が皇女殿下に浮気しかけて、リリアに再調教された」


「意味が分からん」


「みていた俺もよく分からん」


 レオンは廊下を見る。


 さっきまで騒いでいた騎士たちは、何事もなかったかのように仕事へ戻っている。


 不自然なほど静かだった。


「……何をした」


「リリアが通った」


「それだけか」


「それだけだ」


 レオンは額を押さえた。


「……あいつら、何なんだ」


「親衛隊らしいぞ」


「認めていない」


「でも、かなり仕上がってるぞ」


「何がだ」


「しつけが」


「やめろ」


 その頃。


 廊下の先で、リリアは書類を届けながら小さく首を傾げていた。


「皆さん、今日は静かですね」


 誰も答えない。


 第七騎士団本庁では、皇女殿下が来る前から、すでに妙な緊張が広がっていた。ただし、それは皇族を迎える緊張ではない。


 リリア様親衛隊の、忠誠確認による緊張だった。


「……来る前から疲れるな」


 レオンは、静かに頭を抱えた。

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