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やめたい騎士団長は、なぜか昇進し続ける  作者: サザルト
第1章 騎士団長編

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第41話 書簡

 ――帝国暦三二〇年・初夏 ヴェリア帝国 東ロンバルディア 帝国騎士団領 第七騎士団 本庁執務室――


「団長、帝都より書簡です」


 エリシアが差し出す。


 封蝋。

 皇族の紋。


「……あいつか」


 レオンが受け取る。


 封を切る。

 中身は短い。


「……簡潔だな」


「どうされましたか」


 レオンは紙を一度見直す。


 小さく息を吐いた。


「来るらしい」


「……誰がです?」


「皇女だ」


「来年の春までには、だと」


 エリシアの指が、わずかに止まる。


「……正式な決定では?」


「違うな」


 レオンは紙を軽く叩く。


「“そのつもりでよろしく”だ」


 それで十分だった。


 そして、もう一行。

 レオンの目が細くなる。


「……ああ」


「どうされましたか」


「俺の屋敷で、衣食住を預かるそうだ」


「……はい?」


 珍しく、間が空く。


「父上には話が通ってるらしい」


「……アルヴェルト様に、ですか」


「ああ」


 つまり、決定だ。

 断る余地はない。


 エリシアは、静かに息を整える。


「……準備が必要ですね」


「そうだな」


 その時、扉が控えめに叩かれた。


「失礼します」


 リリアが入ってくる。


「確認済みの書類をお持ちしました」


「置いておいてくれ」


「はい」


 リリアは机に書類を置き、レオンの手元にある書簡へ視線を向けた。


「帝都からですか?」


「ああ」


「何かあったのですか?」


「来るらしい」


「どなたがですか?」


「皇女殿下だ」


 リリアの目が、少しだけ丸くなる。


「皇女殿下が、こちらへ?」


「ああ」


「ヴァイス家に滞在するらしい」


 リリアは一瞬だけ驚き、それからやわらかく微笑んだ。


「楽しみですね」


「楽しみではない」


 レオンは即答した。


「準備案件だ」


「お客様として来られるのですよね?」


「皇女だ」


「では、なおさらお客様です」


 リリアは少し考える。


「新しいお茶を用意した方がよいでしょうか?」


「いらない」


「ですが、帝都から来られるのでしたら、こちらのものを楽しんでいただくのもよいかと」


「もう十分に揃っている」


「お菓子は?」


「ある」


「客間の寝具は?」


「母上が確認する」


「花は?」


「増やすな」


「増やしません」


 リリアは真面目に頷いた。


「飾るだけです」


「同じだ」


 そのやり取りを見ていたクリスが、ふっと笑った。


「……本物の姫君が来るってのに」


 クリスは横からじっとリリアを見る。


「リリアの方がよっぽど姫君らしいこと言ってるな」


 リリアは、少しだけ目を瞬かせた。


「私は偽物ではありませんよ」


「いや、偽物とは言ってねえよ」


 クリスが苦笑する。


「そういうところだぞ」


「そういうところ、ですか?」


「そういうところだ」


 リリアはよく分からないまま、真面目に頷いた。


「では、失礼のないように準備いたします」


「ほらな」


 クリスがレオンを見る。


「本物が来る前から、こっちの姫君が仕事始めてるぞ」


「増やすな」


 レオンが即答する。


「何をだよ」


「問題をだ」


「お茶の話だろ」


「お茶で済むなら苦労しない」


 その時、執務室の扉が勢いよく開いた。


「その通りです!!」


「入るな」


 レオンが即座に言う。


「失礼します!!」


「もう入っている」


 マフガランだった。


 なぜか真剣な顔をしている。


「我々にとって、本物の姫様はリリア様だけです!!」


 リリアが固まる。


「……私、ですか?」


「はい!!」


 マフガランは胸に手を当てた。


「皇女殿下は皇女殿下です」


「ですが、我々第七騎士団にとっての姫様は、リリア様ただお一人です!!」


「勝手に代表するな」


 レオンが低く言う。


「第七騎士団全体の総意にしないでください」


 エリシアも冷静に続ける。


 しかし、マフガランは止まらない。


「リリア様は、書類を整え、廊下を静め、騎士の心を癒やし、なおかつお茶の用意まで気にかけてくださる御方!!」


「仕事の範囲が広がってるぞ」


 クリスが呟く。


「まさに姫様です!!」


 リリアは、ほんの少し頬を赤くした。


「そ、そこまでのことはしていません」


「よかったじゃないか」


 クリスがにやりと笑う。


「本物認定だぞ」


「認定されるものなのですか?」


「されたらしいぞ」


「……困ります」


 リリアは小さく視線を落とす。


 照れている。


 レオンは額に手を当てた。


 エリシアは無言でマフガランを見ている。


「マフガラン」


「はい!!」


「戻れ」


「承知しました!!」


 マフガランは敬礼し、満足げに出ていった。


 扉が閉まり、静寂か広がる。


「……何しに来たんだ、あいつ」


 レオンが呟く。


「リリアさんの正統性を主張しに来たのでは」


 エリシアが淡々と答える。


「何の正統性だ」


「姫様としての」


「だからそれが分からん」


 クリスだけが肩を震わせていた。


「やはり、新しいお茶も必要ですね」


 リリアが静かに話を戻す。


「そこに戻るな」


 レオンが言う。


 リリアは不思議そうに首を傾げた。


「ですが、お客様が来られるのですから」


 エリシアが静かに口を挟む。


「皇女殿下をお迎えするのであれば、屋敷側との確認は必要です」


「そうだな」


「食事、客間、護衛導線、使用人の配置、応接時の席順」


 リリアが頷く。


「どんなお茶が必要ですかね?」


「……」


「お好みが分からないので」


 理屈は通っていた。


 通っていたが、今はそこではなかった。


「……好きにしろ」


「はい」


 リリアは嬉しそうに頷いた。


 レオンは手紙を折ろうとして、もう一度だけ文面を見る。


 短い。

 あまりにも短い。


「……一筋縄ではいかないな」


「皇女殿下が、ですか?」


 リリアが尋ねる。


「いや」


 レオンは、書簡を指で軽く叩いた。


「これを書いたやつがだ」


 エリシアの視線が、書簡へ落ちる。


「内容が少なすぎますね」


「ああ」


 来る時期。


 滞在先。


 父上には話を通してあるという一文。


 それだけだ。


「肝心の皇女本人について、何も書いていない」


「性格も、目的も、同行者も、滞在期間も」


「ないな」


 レオンは小さく息を吐いた。


「普通は書く」


「書かれていないということは」


「書けないのか、意図して書く気がないのか」


 どちらにせよ、面倒だった。


 書簡を手に取りエリシアはまだ内容を確認している。


 それをみてクリスはまだ少し笑っている。


 レオンは天井を見た。


 内容は軽い。

 だが、意味は多分重い。


(来る)


 それだけは確定している。


「……面倒だな」


 本音だった。


 だが、その奥に。


(……外)


 小さく、何かが動く。

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