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やめたい騎士団長は、なぜか昇進し続ける  作者: サザルト
第1章 騎士団長編
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第40話 姫様不在につき、本庁機能低下(後)――姫様奪還作戦、敵は味方で団長だったで団長だった

 ――帝国暦三二〇年・初夏 ヴェリア帝国 東ロンバルディア 帝国騎士団領 第七騎士団 本庁――


「戻りました」


 エリシアが報告する。


「早かったな」


 レオンは顔も上げない。


「業務は完了しています」


「そうか」


 それで終わる。


「……で」


 クリスが周囲を見回す。


「もう一人は?」


「……まだ戻って来ていません」


 空気が変わる。


「遅いな」


「遅いですね」


 エリシアが淡々と答える。


 その淡々さが、逆に周囲の不安を煽った。


 ざわり。


 ざわり。


「第十騎士団だろ?」


「はい」


「……戻ってないのか?」


「まさか」


「いや、まさかって何だよ」


「第十に……」


 誰かが、深刻な声で呟く。


「姫様を奪われた……?」


「奪われていない」


 レオンが即座に否定する。


「応援に出しただけだ、落ち着け」


「しかし団長」


 マフガランが前に出る。


「応援に出した者が、戻ってこないのです」


「まだ、仕事中なんだろ」


「仕事中という名の拘束では?」


「違う」


「第十騎士団、許すまじ」


「だから違うと言っている」


 話が通じない。


 静かに、親衛隊員の熱が上がっていく。


 ■第七騎士団 本庁 大廊下――


「……行くぞ」


 エゼルが立つ。


「はい」


 マフガランが頷く。


 背後に、ぞろぞろと人影。


 なぜか人数が増えている。


「目的は一つ」


「姫様の奪還」


「異論は?」


「ない!!」


「対象は」


「第十騎士団本庁!!」


「手段は」


「礼儀正しく抗議!!」


「よし!!」


「よくねえよ」


 クリスが後ろから突っ込む。

 だが、すでに遅い。


「敵は」


 短い沈黙。


「第十騎士団長」


 ざわり。


「どこのどいつだ」


「顔を見てやる」


「どうせ不細工で、性格悪な奴だろ。」


「その男、覚悟はできてるんだろうな」


 完全に暴走している。


 その頃。


「……待て、ちょっと落ち着け」


 レオンが立ち上がった。


「やばいな」


 クリスも同時に動く。


「止めるぞ」


「はい」


 エリシアも即座に立ち上がる。


 だが、すでに大廊下には多数の足音が響いていた。


(遅れた)


 ■第十騎士団 本庁 前――


「返せえええええ!!」


「姫様を返せ!!」


「働かせすぎだ!!」


「搾取だ!!」


「ブラックだ!!」


 門前は大騒ぎだった。


「第十騎士団長、出てこい!!」


「どこのどいつだ!!」


「顔見せろ!!」


 第十騎士団の騎士たちが困惑する。


「……なんだあれ」


「第七の連中だな」


「何しに来たんだ」


「返せと言っているぞ」


「何を?」


「書記官殿を」


「……ああ」


 第十騎士団の何人かが、納得したように頷いた。


「気持ちは分かる」


「分かるのかよ」


 第七騎士団側から声が飛ぶ。


「分かるとも」


 第十騎士団の書記官が、真顔で言った。


「処理速度が違う」


「分類が見やすい」


「確認が早い」


「しかも静かだ」


「静かなのは大事だな」


「そこか!!」


 マフガランが叫ぶ。


「我々の姫様を事務能力だけで語るな!!」


「いや、応援だから事務能力で語るだろ」


 クリスが横から突っ込む。


 その時。


「何をしている」


 レオンが、息を切らせながら到着した。


「……団長?」


「団長だな」


「……どっちの?」


 誰かが呟いた。


 レオンが唖然とする。


「どっちもだ」


 混乱。


「え?」


「は?」


「え?」


 三回繰り返される。


「第十騎士団長、出てこいって言ってたよな」


 クリスが息を切らしながら、笑って言う。


「出てきたぞ」


 一同が、ゆっくりとレオンを見る。


「……団長が」


「我らの真の敵……?」


「違う」


 レオンが即答する。


「敵ではない」


「しかし、第十騎士団長は団長で、」


「そうだ」


「我らを苦しめて……」


「……。」


「つまり敵は団長で」


「違う」


「敵は味方で団長……?」


「混ぜるな」


 レオンが額を押さえる。


 その横で、クリスが壁にもたれた。


「はあ……はあ……」


「間に合ったか……」


(間に合ってない)


「それで第十に用件は?」


 レオンが淡々と聞く。


 エゼルが一歩出る。


「姫様の奪還です」


 真顔。


「我々の姫様を返してください」


「駄目だ」


「お前たちのではないが、リリアはまだ仕事中だ」


「仕事中ということは」


「はい」


 マフガランが続ける。


「まだ拘束中ということですね」


「違う」


 第十騎士団側の書記官が、控えめに手を上げた。


「その件ですが、団長」


「なんだ」


 レオンが見る。


「できれば、明日以降も応援をお願いできないかと」


 空気が凍った。


 第七騎士団側が、一斉に第十騎士団書記官達を見る。


「……今」


「何と言った?」


「明日以降も?」


「返さないつもりか?我々に」


「それは宣戦布告のつもりか?」


 廊下がまた騒がしくなる。


「いや、ただの書類仕事等応援の正式な要請として」


 第十騎士団の書記官は冷静だった。


「応援継続願を作成中です」


「誰宛だ」


「第十騎士団長宛です」


 全員が、レオンを見る。


 レオンは黙った。


 クリスも黙った。


 エリシアだけが淡々と言う。


「つまり、団長閣下宛ですね」


「俺か」


「はい」


「却下だ。それに俺へ俺宛の願いを出すな」


「しかし手続き上は必要です」


 エリシアが真面目に答える。


「手続きで俺を追い詰めるな」


 レオンの声が低くなる。


「では突入を――」


「するな」


 即止め。


「この騒動を終わらせて帰す」


「本当ですか」


「本当だ」


「明日は?」


「明日は明日考える」


「それは危険な返答です」


「黙れ」


 その時。


「お待たせしました」


 リリアが出てくる。


 いつも通り。


 だが、その後ろ。


 第十騎士団の騎士、書記官たちが並んでいる。一斉に頭を下げた。


「ありがとうございました!!」


「助かりました!!」


「処理が三日分進みました!!」


「分類棚まで整いました!!」


「帳票の置き場所が分かるようになりました!!」


 深々と。


 リリアは少し困ったように微笑む。


「いえ、当然のことですので」


 それで、ようやく離れる。


「遅くなりました」


 一言。


(……そっちか)


 全員が理解する。


 奪われたのではない。

 普通に頼りにされていた。


 ただし、それはそれで危険だった。


「姫様!!」


「皆でお迎えに参りました!!」


「ご無事で何よりです!!」


「戻ります」


 リリアが微笑みながら言う。


「はい!!」


 一瞬で統制が戻る。


「ほれ、解散!!」


 クリスが呆れながら言う。


「解散!!」


 マフガランとエゼルが号令をかける。


 さっきまで暴走していた集団が、なぜか整然と動き出す。


(……何だったんだこれ)


 第十騎士団側は、呆然。


 レオンは額を押さえる。


 クリスは壁にもたれる。


「……疲れた」


 その横で、第十騎士団の書記官が小さく呟いた。


「……本当に、明日以降は駄目ですか?」


「聞こえてるぞ」


 レオンが言った。


■第七騎士団 本庁――


「戻りました」


 リリアが微笑む。


 長い金髪と青いリボンが、歩みを止めた余韻で控えめに揺れていた。


 いつも通りの姿だった。


 だが、その姿が戻ってきただけで、本庁の空気が少しだけ元に戻ったように見えた。


「遅かったな」


 レオンが言う。


「申し訳ありません」


「問題ない」


 それで終わる。


 その横で、クリスがぽつりと呟く。


「……エリシアは普通に帰ってきたのにな」


 エリシアは無言で書類を置く。


「副官殿は」


「大丈夫です」


 誰かが言った。


「何が」


「副官殿は副官殿ですので」


「だから、どういう意味だよ」


 誰も答えない。


 エリシアは、少しだけ眉を動かした。


「私は、無事に戻っていますが」


「もちろんです」


「分かっています」


「副官殿は副官殿ですので」


「また、説明になっていません」


 その時、扉の外から別の声がした。


「団長閣下」


 第十騎士団からの使いだった。


「こちら、応援継続願です」


 レオンは受け取らない。


 クリスが吹き出しかける。


 エリシアが静かに書面を見る。


「宛先は、第十騎士団長レオンハルト・ヴァイス殿ですね」


「俺じゃないか」


「はい」


「だから、却下だ」


 即答。


「理由は?」


「第七騎士団が騒ぐ」


 十分すぎる理由だった。


 リリアは首を傾げる。


「私は、また必要でしたら行きますが」


 その瞬間、廊下の向こうから悲鳴に近い声が上がった。


「姫様がまた行くと言ったぞ!!」


「防衛線を張れ!!」


「今度こそ阻止だ!!」


「仕事しろ!!」


 クリスの怒声が響く。


 レオンは、静かに頭を抱えた。


 第七騎士団は、今日も騒がしかった。


 そして第十騎士団は、静かに諦めていなかった。

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