第39話 姫様不在につき、本庁機能低下(前)――責任は団長へ
――帝国暦三二〇年・初夏 ヴェリア帝国 東ロンバルディア 帝国騎士団領 第七騎士団 本庁――
妙に静かだった。
「……遅いな」
レオンが呟く。
「はい」
エリシアが答える。
「本日分の処理は、まだ三割です」
「いつもは?」
「この時間で七割ほどかと」
「……落ちてるな」
「落ちていますね」
原因は明確だった。
■第七騎士団 本庁 掲示板前――
「第二騎士団及び第十騎士団、事務処理の遅延につき――」
掲示が貼られている。
「副官エリシア・グランフェルト」
「書記官リリア・ヴァイス」
「それぞれ当面の間、応援出向とする」
ざわり。
ざわり。
「……は?」
「……え?」
空気が止まる。
「姫様が……いない?」
誰かが呟く。
「……いや待て」
「どこに?」
「第十だと……?」
「遠いな……」
「いや問題はそこじゃない!!」
マフガランが叫ぶ。
「第七から姫様がいなくなる!!」
「……終わりだ」
誰かが呟く。
「何が終わるんだよ」
クリスが即座に突っ込む。
「士気です!!」
「お前ら、仕事しろ!!」
■第七騎士団 本庁 執務室――
「というわけで」
レオンが軽く机を叩く。
「行ってこい」
「了解しました」
エリシアが答える。
「はい」
リリアも頷く。
二人とも、いつも通りだった。
「期間は未定だ」
「問題ありません」
「承知しました」
(頼もしいな)
レオンは頷く。
そして。
「戻ってきたら、溜まってる分頼む」
「はい」
「……ええ」
ほんの少しだけ、リリアの返事が柔らかい。
■第七騎士団 本庁――
第七騎士団本庁は、崩壊した。
「遅い!!」
「書類が終わらん!!」
「誰だこれ分類したやつ!!」
「俺だが!!」
「雑だ!!」
「時間がなかったんだ!!」
「姫様がいないとこうなるのか……」
「だから仕事しろ!!」
■第七騎士団 本庁 大廊下――
「団長!!」
集団で来た。
嫌な予感しかしない。
「なんだ」
「姫様を返してください!!」
「無理だ」
「なぜですか!!」
「応援だ」
「それは分かります!!」
「だが!!」
マフガランが拳を握る。
「我々の精神が持ちません!!」
「知らん」
「責任を!!」
「取れません!!」
レオンは即答して沈黙する。
「……団長」
誰かが低く言う。
「あなたが行かせたのでは?」
「命令だ」
「命令なら仕方ない」
一瞬で引く。
(早いな)
レオンが思う。
「……だが」
「戻ってきたら歓迎します」
「当然だろうな」
その時。
「おい」
クリスが前に出る。
「なんでリリアだけなんだよ」
一同が止まる。
「エリシアも行ってるだろ」
長い沈黙。
「……副官殿は」
誰かが言う。
「大丈夫です」
「何が?」
「副官殿は副官殿ですので」
意味不明。
「いや意味わからんわ」
クリスが突っ込む。
「副官殿はいなくても回るが」
「姫様はいないと回らない」
「いや両方必要だろ」
「理屈はそうです」
「だが感情が違う」
「だめだこいつら」
クリスが天を仰ぐ。
レオンはため息をつく。
「……仕事しろ」
「はい!!」
だが。
明らかに士気は落ちている。
■第十騎士団本庁――
「……早い」
誰かが呟く。
「処理速度が倍だ」
「何をしたんだ?」
「何もしていません」
「整理しただけです」
リリアは、いつも通りだった。
第七騎士団だけが、おかしかった。
その様子を見ていた第十騎士団の騎士が、ぽつりと呟いた。
「……この書記官、うちに欲しいな」
その一言で、周囲の空気が変わる。
「確かに」
「処理が早い」
「書類が見やすい」
「何より、静かだ」
リリアは首を傾げた。
「私は応援ですので」
「分かっている」
「分かってはいるが」
第十騎士団の者たちは、真剣な顔で書類の山を見る。
「返したくないな」
その頃。
第七騎士団本庁で、マフガランが突然立ち上がった。
「……今、何か嫌な気配がした」
「仕事しろ!!」
クリスの怒声が飛ぶ。
第七騎士団だけが、まだ何も知らなかった。




