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やめたい騎士団長は、なぜか昇進し続ける  作者: サザルト
第1章 騎士団長編

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第36話 断り続ける理由

挿話

――帝国暦三二〇年・初夏 ヴェリア帝国 東ロンバルディア 帝国騎士団領 第七騎士団 本庁 執務室――


「……来たぞ」


 クリスが、三通まとめて机に置いた。


 ぱさり。


「何が?」


 レオンは顔も上げない。


「書簡」


「見れば分かる」


「中身だ」


「婚約話、二通」


 レオンのペンが止まる。


「……またか」


「まただ」


 クリスは封を指で押さえる。


「こっちが団長宛」


 それから、もう一通を軽く叩く。


「もう一つがリリア宛」


 最後の一通を見る。


「で、これが副官殿宛」


「お兄さま」


 折よく、リリアが入ってくる。


「こちら、お預かりしました」


 自分の封書を見て、少し困ったように笑う。


「またですか」


「まただな」


「人気者だな」


 クリスが言う。


 リリアは首を横に振った。


「違います」


「家柄です」


 あっさりと言う。


「それに」


 ほんの少しだけ声が柔らかくなる。


「お兄さまも同じでしょう?」


「まあな」


 レオンは短く返した。


 封書には、婚約話の本状とは別に、一筆添えられていた。レオンはそれを見て、わずかに眉を寄せる。


「父上の字だな」


「何て?」


 クリスが聞く。


「一応、目は通せと」


「それだけか?」


「それだけだ」


 リリアも、自分の封書に添えられていた一筆を見る。


「こちらは母様からです」


「何て?」


「無理にとは言いませんが、断るにしても丁寧に、と」


「真っ当だな」


 クリスが言う。


「で?」


「断る」


「断ります」


 迷いがない。


「理由は」


「必要ない」


「必要ないからです」


 リリアの視線が、ほんの一瞬だけレオンへ向く。


(……だよな)


 クリスは心の中で頷いた。


「副官殿」


 クリスが最後の封書を差し出す。


「これ、お前宛」


 ちょうどその時。


「呼びましたか」


 エリシアが顔を上げた。


「……?」


 受け取った封を切り、読む。


 長い沈黙。


「……婚約話ではありませんね」


「違うのか?」


 クリスが覗き込む。


「他騎士団からの異動要請です」


「……ああ」


 レオンが小さく呟く。


(そっちか)


「副団長待遇を提示されています」


 エリシアは淡々と言った。


「副団長?」


「正確には、副団長そのものではありません」


 エリシアは書面に視線を落とす。


「私の資格は上級騎士です。上級騎士のままでは、正式な副団長にはなれません」


「じゃあ、待遇だけか」


「はい」


「副団長並みの裁量と待遇を用意する、という内容です」


「それはそれで高評価だな」


 クリスがぼやく。


「で? どうするんだ、副官殿」


「断ります」


「理由は?」


「必要ありません」


 完全に二人と同じ言葉。

 だが、意味が違う。


「なんでお前だけそれなんだよ」


 クリスがぼやく。


「……」


 エリシアは無言だった。


「婚約よりそっちが来るって、どういう評価だ」


「適正な評価かと」


「そうかよ」


 クリスがため息をつく。


「副官殿が他に行ったら困るしな」


「……そうですね」


 リリアが素直に頷く。


「困るな」


 レオンも普通に言った。


 一瞬、エリシアの手が止まる。


「……」


 ほんのわずかな間。


「……職務ですから」


 視線を落とす。

 だが、少しだけ耳が赤い。


 クリスはそれを見て、何も言わなかった。


(はいはい)


 理解している。


「……まあ」


 クリスは机の上の三通を見る。


「三通まとめて持ってくるもんじゃないな」


「処理が楽になります」


 エリシアが言う。


「気持ちの問題だ」


「……面倒だな」


 レオンが呟く。


「そうですね」


「はい」


「だな」


 珍しく三人の声が一致した。


 その中で、誰も気づいていない。

 本当の問題は、この三通ではないことに。


 それは――


 誰を選ぶかではなく、どう生きるか。


 その問いが、すぐそこまで来ていることに。

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