断り続ける理由
挿話
帝国暦三二〇年 初夏
東ロンバルディア帝国騎士団領
第七騎士団 本庁 執務室
「……来たぞ」
クリスが、三通まとめて机に置く。
ぱさり。
「何が」
レオンは顔も上げない。
「書簡」
「見ればわかる」
「中身だ」
「婚約話、二通」
レオンのペンが止まる。
「……またか」
「まただ」
封を指で押さえる。
「こっちが団長宛」
「もう一つがリリア宛」
最後の一通を軽く叩く。
「で、これが副官殿宛」
「お兄さま」
折良く、リリアが入ってくる。
「こちら、お預かりしました」
自分の封書を見て、少し困ったように笑う。
「またですか」
「まただな」
「人気者だな」
クリスが言う。
リリアは首を横に振る。
「違います」
「家柄です」
と、あっさり。
「それに」
ほんの少しだけ声が柔らかくなる。
「お兄さまも同じでしょう?」
「まあな」
レオンは短く返す。
「で?」
クリスが聞く。
「断る。」
「断ります。」
迷いがない。
「理由は」
「必要ない。」
「必要ないからです。」
リリアの視線がは、ほんの一瞬だけレオンへ向く。
(……だよな)
クリスは心の中で頷く。
「副官殿」
クリスが最後の封書を差し出す。
「これ、お前宛」
ちょうどそのとき。
「呼びましたか」
エリシアが気づく。
「……?」
受け取り封を切り読む。
長い沈黙。
「……婚約話ではありませんね」
「違うのか?」
クリスが覗き込む。
「他騎士団からの異動要請です」
「……ああ」
レオンが小さく呟く。
(そっちか)
「副団長待遇を提示されています」
淡々と。
「で?どうするんだ副官殿」
クリス。
「断ります」
「理由は?」
「必要ありません」
完全に二人と同じ言葉。
だが、意味が違う。
「なんでお前だけそれなんだよ」
クリスがぼやく。
「……」
エリシアは無言。
「婚約よりそっちが来るってどういう評価だ」
「適正な評価かと」
「そうかよ」
クリスがため息をつく。
「副官殿が他に行ったら困るしな」
「……そうですね」
リリアが素直に頷く。
「困るな」
レオンも普通に言う。
一瞬、エリシアの手が止まる。
「……」
ほんのわずかな間。
「……職務ですから」
視線を落とす。
だが、少しだけ耳が赤い。
クリスはそれを見て、
何も言わない。
(はいはい)
理解している。
「……まあ」
「三通まとめて持ってくるもんじゃないな」
「処理が楽になります」
エリシア。
「気持ちの問題だ」
クリス。
「……めんどくさいな」
レオン。
「そうですね」
「はい」
「だな」
珍しく三人一致。
その中で、誰も気づいていない。
本当の問題は、この三通ではないことに。
それは――
“誰を選ぶか”ではなく、
“どう生きるか”。
その問いが、すぐそこまで来ていることに。




